【6月11日付編集日記】親しみある靴

 歴史家の磯田道史さんは、歴史がしばしば嗜好(しこう)品のように好き、嫌いで論じられることに違和感を感じているという。歴史はむしろ「実用品であって、靴に近いものではないか」と指摘する

 ▼時間と空間を飛び越えて似たような事例を探す歴史的な考え方をすると、過去の教訓から危険を避けることができる。その有用性を、世間を歩く際に足を保護してくれる靴にたとえている(「歴史とは靴である」講談社)

 ▼浪江町で「浪江を語ろう!」というイベントが定期的に行われている。国文学研究資料館教授の西村慎太郎さんと浪江町出身の歌人三原由起子さんが司会とコーディネーターを務め、毎回さまざまなテーマで浪江の地域史に切り込む

 ▼研究者だけではなく、地元の人たちも登壇し浪江の成り立ちやかつての生活の楽しみなどについて語り合う。回を重ねるうち、会場に40人以上が参加、ユーチューブ中継を300人以上が視聴する規模になった

 ▼三原さんは、「原発事故で一度離れて古里の良さを実感したので、もっと浪江のことを知りたいという思いがあるのではないか」と語る。熱心な参加者の姿からは、浪江の歴史という親しみのある靴の魅力を見つめ直す喜びを感じた。 

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