【タイ】上流工程狙うも、課題山積[IT] アセアン、半導体誘致過熱(4)

ハイテクを巡る米中対立が深まる中、半導体誘致に力を入れる東南アジア諸国連合(ASEAN)の動向を伝える連載の4回目。これまで各国のポテンシャルについて見てきた。しかし、上流工程でより大きな付加価値を担うには人材不足など解決すべき課題が山積している。【坂部哲生】

米カリフォルニア州に本部を置く国際半導体製造装置材料協会(SEMI)によると、人工知能(AI)の急速な進歩や電気自動車(EV)の普及により半導体市場は拡大しており、世界の市場規模は30年に22年と比べて約7割増の1兆米ドル(約157兆円)に達することが見込まれている。

実現に向けてはウエハー(基板)工場の建設が不可欠だ。SEMIは、2023~27年に直径8インチ(200ミリメートル)と12インチ(300ミリメートル)を合わせ、工事中も含めて全世界で計103カ所のウエハー工場が新たに建設されると試算している。

うちアジアは74カ所と全体の7割を占める。内訳は中国が41カ所でトップ。以下、台湾が11カ所、日本が10カ所、韓国が3カ所、インドが1カ所となっている。東南アジアは8カ所で、300ミリと200ミリが、4カ所ずつだ。

SEMIのアジット・マノチャ最高経営責任者(CEO)によると、世界のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するには、30年までにさらに50カ所以上のウエハー工場が必要になる。

アジット氏は「東南アジアの成長はサプライチェーン(供給網)の混乱を緩和できる」と期待を寄せる一方で、「成長のためには機会を上手に捉える必要がある」とも忠告した。

■マレーシアが意欲的

インタビューに答えるMSIAのウォン会長=5月29日、マレーシア・クアラルンプール(NNA撮影)

東南アジアの中で半導体関連の投資誘致に強い意欲を見せる国の一つがマレーシアだ。マレーシア半導体産業協会(MSIA)のウォン・シューハイ会長はNNAの取材に対し、「マレーシアには50年かけて蓄積した半導体産業の基盤がある。次の投資サイクルが来る3年後くらいをめどに国内初となる300ミリのウエハー工場を誘致したい」と意気込む。最先端の半導体ではなく、回路線幅が28ナノ(ナノは10億分の1)メートル~14ナノメートルの成熟半導体なら可能性はあると見込んでいる。

半導体の後工程が集積する北部ペナン州の投資委員会(インベストメント・ペナン)のルー・リーリアンCEOは「ペナン州は島の方は手狭になってきたが、本土側なら前工程に必要な土地や水、電力は十分にある」と積極的だ。23年にはマレーシアへの製造業関連の海外直接投資(FDI)のうち47%に相当する601億リンギ(約2兆円)が同州に集中した。ルーCEOは「サプライチェーン(供給網)のデュアル化」という言葉を使いながら、「米中の間で中立を保ちつつ、中国企業の受け入れにも力を入れたい」とも述べた。

インタビューに答えるインベストメント・ペナンのルーCEO=5月30日、マレーシア・ペナン(NNA撮影)

米ニューヨーク・タイムズの報道によると、今年1月、マレーシア北部クダ州に東南アジア初の製造拠点を設けたオーストリアのプリント基板(PCB)大手AT&Sは中国依存を減らす「チャイナプラスワン」の候補地としてタイやベトナムも検討していた。ただエレクトロニクス関連のエコシステムが整っているほか、◇自由貿易区内の関税免除や税制面での優遇措置◇安定した政府◇英語話者の多さ——などがマレーシア進出の決め手になったようだ。

MSIAのウォン会長はシンガポールについては「国土が狭いため、ウエハー工場のさらなる建設には限界がある」と言及。ベトナムは「安い人件費を求め、マレーシアからベトナムに拠点を移すローテク産業が多い」と述べ、今後は付加価値を高めることでベトナムとの差別化を図る必要性を強調した。

SEMIが把握する限りにおいては、27年までにタイで完成を予定しているウエハー工場はないもよう。ただ、ウォン会長はタイを「ダークホース」と表現した。マレーシアの首都クアラルンプールで開催された半導体展示会「セミコン・東南アジア2024」で半導体産業振興策「国家半導体戦略(NSS)」を発表した同国のアンワル・イブラヒム首相のような派手なパフォーマンスはないものの、タイにはエレクトロニクスの基盤があり、今後半導体企業を誘致できる力があるとの見方だ。タイ投資委員会(BOI)によると、タイは23年に半導体関連で過去最高となる8,000億バーツ(約3兆4,000億円)規模の投資を誘致した。

■課題は高度人材の育成

東南アジアが今後ウエハー工場を誘致する上で最大のボトルネックとなるのが高度人材の育成だ。例えば、ウエハー工場1棟につき平均2,000人の専門人材が必要になる。「セミコン・東南アジア2024」で行われたスピーチや各種セミナーでは、ことあるごとに人材育成の重要性が強調された。

英調査会社オックスフォード・エコノミクスは、マレーシアやフィリピンと同様に後工程中心からスタートしたシンガポールが頭一つ抜けた理由の1つに「高度人材の豊富さ」を挙げる。世界銀行が発行する「人的資本指数2020」では、シンガポールは日本や韓国を上回ってアジアだけでなく世界でもトップだ。人的資本指数とは、その国の健康・教育に関する状況を考慮した上で、今日生まれた子どもが18歳になるまでに蓄積されるであろう人的資本を測る指標だ。

シンガポールは周辺国の人材の受け皿にもなっている。オックスフォード・エコノミクスによると、マレーシアでは毎年5,000人のエンジニアが輩出されるが、その中の多くが高給を求めシンガポールに渡るのだという。

日本貿易振興機構(ジェトロ)クアラルンプール事務所のディレクター、吾郷伊都子氏はマレーシアについて「前工程など高度産業への転換には時間がかかるだろう」と指摘。研究開発人材が不足しているため、シンガポールと比べて相対的に人件費の低い強みが生かされにくくなっていると説明する。

ベトナムの人材難も深刻だ。専門人材は現在5,000人ほどで、少なくとも30年までに5万人増やす必要があるといわれている。ベトナム政府による取り組みは実質始まったばかりだ。

ジェトロハノイ事務所の萩原遼太朗ディレクターは「技術開発や人材育成を含めて米国や韓国、日本など外国の政府と企業の支援に頼ろうとしている印象を受ける」と指摘する。電力インフラも不十分だという。

萩原ディレクターは「漠然と上流の工程を狙うのではなく、半導体のどの工程や部材を強みとする育成を図るか、ベトナム政府のビジョンと生産環境の整備がまずは必要だ」と話した。

■フィリピンは中立性に課題

オックスフォード・エコノミクスによると、輸出に占める半導体関連の割合が周辺国より高いフィリピンはシンガポールやマレーシアと同様、英語話者の多さではベトナムやタイと比べて圧倒的に有利だが、中立性の維持が課題だという。

フィリピンは地政学的な影響を受けやすく、政権交代の度に「親米」や「親中」に大きく揺れる傾向がある。世界銀行の人的資本指標も、周辺国と比べて相対的に低い。知的財産権(IP)の保護もシンガポールなどと比べて不十分な点が多いという。

ただ、そのシンガポールでも、最先端のロジック・メモリー半導体を製造する台湾と韓国との格差は小さくない。米コンサルティング大手ATカーニーは高度人材や政府支援、インフラなどを考慮した国・地域別の前工程の魅力度ランキングを作成。東南アジアで最も半導体のエコシステムが整備されているシンガポールについては日本と同じ「アジアのハイエンドオルタナティブ(代替)」に分類。工場運営などのコストが負担になっていると分析して、「台湾と韓国」との差を指摘した。

一方、マレーシアやインド、ベトナム、タイなどは「ローコストハブ」に分類し、インセンティブによる他国との差別化やビジネス環境の改善が求められると助言している。

連載の最後となる次回は、SEMIのアジット・マノチャ会長兼CEOとSEMI東南アジア支部のリンダ・タン代表とのインタビューの内容をお伝えします。

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