<HIGH END>プロ機譲りのクロック技術でスペックを徹底追求。MUTECのCEO・特別インタビュー

プロオーディオ機器とHiFi向け製品を両面展開しているドイツのブランド・MUTEC(ミューテック)。ミュンヘン・ハイエンドの会場にて、創業者/CEOのクリスティアン・ペーターさんにインタビューが叶った。クリスさんに、これまでのブランド設立の背景と、こだわりの技術について語ってもらった。

MUTECの創業者であるクリスティアン・ペーター氏

MUTECの創業は1989年。クリスさんがまだ大学生時分に立ち上げたブランドだという。クリスさんは当時、ベルリンの大学で精密機械工学や電気工学を学んでいた。「創業当初はサンプラーやシンセサイザー向けのメモリ拡張カード、インターフェースカードといった、プロフェッショナルオーディオ向けが中心でした。しかし、1990年代後半になると、PCやMacでのオーディオ制作作業が主流になってきたために、売り上げが大きく下がってしまいました。そこで別の道をさぐることにしたのです」

おりしもレコーディング現場には、“デジタル化の波”が訪れていた。そこでMUTECは、デジタル録音における音質向上を狙ったアイテムとして、クロックジェネレーターとフォーマット・コンバーターを展開。テレビ局やレコーディングスタジオ、マスタリングスタジオを中心に、映画館などにも納品していたという。

転機が訪れたのは2013年。「MC3+」という現在にも引き継がれる1Gクロックテクノロジーを最初に搭載したモデルを発売。極めて低いジッターのクロックを供給できること、またデジタル信号のための“リクロック”(=クロックの打ち直し)ができるアイテムとして、スタジオ周りを中心に大ヒットを飛ばした。

HiFiオーディオ市場参入のきっかけとなった「MC3+」。非常に低ジッターのクロックを供給できる

さらに、MC3+をあるHiFiオーディオファンに聴いてもらったところ、音質改善に非常に効果がある、と驚かれたのだという。「それはまさに私たちが探究してきた精度の高いクロックの力によるものと思いました。HiFiオーディオのファンは音楽をより深く楽しもうとしますから、もしかすると私たちの製品をさらに多くのお客さまに楽しんでいただけるのではないか、と考えたのです」

MC3+は業務用途を想定していたので、入出力はS/PDIFやAES/EBUしか搭載していない。そのため、HiFiのオーディオ市場でも使いやすいようにUSB入力を追加した「MC3+USB」を2016年に登場させた。

「MC3+USB」とその背面端子。MC3+にUSB入力を追加し、HiFiオーディオファンにも使いやすくアップデートした

「MC3+USBは、筐体はMC3+と同じですが、入力にUSBが加わっていることが特徴です。HiFi市場のお客さんからUSB入力をつけてほしい、という要望が多くあったために新たに開発しました。USBで入力したデジタル信号を“リクロック”して、PCMとして出力することができます。この製品はオーディオファンに非常に受け入れられて、現在まで続くロングセラーモデルとなっています」

2016年といえば、日本でもPCオーディオが大きな盛り上がりを見せていた頃で、DSD11.2MHzやDXDといったハイスペックを追求するフォーマット競争が加熱していた時代でもある。そんな中、独自のクロック技術でデジタル再生を革新するMUTECの登場は、日本市場においても非常に新鮮だったことを記者もよく覚えている。

「MC3+とMC3+USBには、10MHzの外部クロックを追加することができます。10MHzクロックを同期させることで、ノイズレベルをさらに下げることができるのです。ですから、それに対応するために2017年に『REF10』という10MHzクロックジェネレーターを開発しました」

「MC3+USB」の性能をさらに高めるクロックジェネレーター「REF10」
REF10の背面端子。組み合わせる製品に合わせて50Ωと75Ωのインピーダンスを選ぶことができる

ハイスペックなデジタル再生におけるクロックジェネレーターの重要性にも注目が集まりつつあったが、当時は非常に高額な製品が多かった。そんな中、プロ機譲りの精度の高さを持ちながら、当時の価格で日本円にして40万円を切るREF10は魅力的なプロダクトとして市場に受け入れられた。

さらに2020年には、位相ノイズが-120dB/c@1Hzとさらなるハイスペックを追求した「REF10 SE120」(実売価格75万円程度)が登場。当初限定モデルとしての展開であったが、「質の高いOCXOを安定して供給する道筋が立った」ことからレギュラーモデルとして再展開。2023年秋には「REF10 NANO」という、REF10の高さを半分にして、価格も30万円を切るコストパフォーマンスの高いモデルが登場した。

REF10の高さを半分にし、低価格も追求した「REF10 NANO」
位相ノイズの精度を追求した「REF10 120」

「REF10 NANOは、世界中から“こういう製品を待っていたよ!”という声を非常に多くいただきました。すでに数百台が世界中で出荷されています。クロックジェネレーターとして価格の異なる3モデルを用意することで、ご予算に合わせて選んでいただけるようになったと感じています」(クリス氏)

MUTECの製品は、そのスペックから考えると驚くほどにコストパフォーマンスの高さが光る。その理由について尋ねると、クリスさんは少し考えた後にこう答えてくれた。「私たちはあくまでエンジニアリングに基礎を置いており、その現実的な視点から製品開発を行なっています。位相ノイズといったテクニカルなスペックを何よりも重視しており、内部の質の高いオシレーターにはお金をかけていますが、筐体やフロントパネルに凝った意匠を施しているわけではありません。HiFiオーディオシステムの優れたデザインは美しいと思いますが、私たちの製品が目指すところはそういったところではありません」

そしてもうひとつクリスさんが大切にしていることは、「長く使える製品であること」。プロフェッショナルの現場では、簡単に機材を交換することはできず、10年20年とハードな使用環境にも耐えうることが求められる。

「製品の作り方について、プロ機材だから、コンシューマー向けだから、ということで区別はしていませんが、大切にしていることは“長期間にわたる信頼性”です。簡単に壊れないことも大切ですし、2-3年ではなく、何十年も使ってもらえるように考えて設計しています。2000年ごろにリリースした製品であっても、いまでもスタジオで使ってくれているお客さんがいます。それは私たちにとってとても誇らしいことです」。ドイツ国内生産にこだわっているのも、信頼性の高いプロダクトを作り続けたい、というクリスさんの願いが込められている。

MC3+USBもすでにリリースから8年が経過しているが、いまだに古びない魅力を持っている。それはプロ機の現場で培われた高い性能によるものだが、一方で少々フロントパネルからの設定に難しさを感じることもある。その点について伝えると、クリスさんも大きく頷いてから、「もう少しオペレーションを簡単にしてほしい、ということですね。正直に言えばその要望は多くのお客さまから寄せられており、私たちも認識しています。その点については将来的に改善したいと考えています」と前向きなお返事。

またREF10 NANOのリリースに合わせて、BNCケーブル「Prime Select Cable」も展開をスタートさせた。「ケーブルは特にRFノイズを最小限に抑えることを目的として開発しました。RFノイズはクロック信号に非常に悪い影響を与えます。ダブルシールドや金メッキなど、外来ノイズが信号の純度を落とさないように配慮しています」。

REF10と組み合わせるケーブルについての問い合わせが多かったことから、「Prime Select Cable」のリリースもスタート

最後に今後の製品開発について教えてもらった。「まだ詳しいことはお話しできませんが、MUTECの製品をさらに強化するDCパワーサプライを予定しています。低ノイズの電源供給は、HiFiオーディオにとってとても重要なことです。そのために最適な回路の開発に成功しました。ぜひ楽しみにしていてください」

プロ向けDDコンバーター「MC1.2+」も会場で披露

MUTECの製品の国別の売り上げシェアについて尋ねると、本国ドイツに次いで、日本もビックマーケットのひとつになっているという。スペックをとことん探求し、質実剛健なものづくりに情熱をかけるMUTECの思想は、日本のオーディオ市場にも相通じるものがあると感じさせてくれた。決して多産なブランドではないが、確実に信頼できるプロダクトを送り出しつつけるMUTEC。今後の動きにも引き続き注目していきたい。

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