『虎に翼』滝藤賢一の芝居の緩急が生む多岐川の人物像 “別人”で再登場したヒャンちゃんも

『虎に翼』(NHK総合)第53話で、家事審判所と少年審判所の合併の話し合いは一向に進展せず、ただただ月日だけが過ぎていくことに寅子(伊藤沙莉)は戸惑う。寅子にとって家庭裁判所を発足させる仕事は自身が裁判官になるための足がかりでもある。今、この仕事を失うわけにはいかないと多岐川(滝藤賢一)に直接交渉を試みる寅子だったが、多岐川は「人生かかってるんです」と話す寅子に大声をあげた。

「バカたれが!」

多岐川は寅子から見てまるでやる気が感じられない。しかし「バカたれが!」という怒声にはハッとさせられた。第53話で寅子は、久藤(沢村一樹)や直明(三山凌輝)、汐見(平埜生成)を通じて、寅子の目に映る多岐川とは別人のように思える多岐川の姿を知ることになる。寅子はまだ、自分の目で、周囲が話すような多岐川の姿を見ていない。だが、物語冒頭の「バカたれが!」という怒声には、寅子や視聴者が無意識のうちに抱いていた多岐川への偏見を払拭する力があったように思う。

第53話は、滝藤の緩急のある演技が魅力的な回だ。多岐川は「この大バカたれが!」と寅子を叱責した後、「かあ~っ! これだから最近の若いもんは」と不満を口にしたかと思えば、「直接、納得できないと言いに来るだけいいのか?」と自問自答し、戸惑う寅子に行き先も告げず「ついてきたまえ」と誘う。寅子を連れて久藤のもとへやってきた多岐川は、たたみかけるように話したかと思えば、寅子を置いてあっという間に帰っていく。多岐川のマイペースっぷりと困惑する寅子の姿もあいまって、多岐川の人物像はコメディタッチにも映る。

だが、滝藤は決して演技をコミカルに寄せているわけではない。確かに居眠りをしたり、上機嫌で「東京ブギウギ」の鼻歌を歌ったりと、堅物な桂場(松山ケンイチ)とは対照的な立ち居振る舞いをしているが、滝藤が人を見据える時のまなざしには真剣さがうかがえ、多岐川は確固たる信念を持って行動しているのだということがうかがい見える。

寅子は、多岐川と東京少年審判所・所長の壇(ドンペイ)、家庭裁判所・所長の浦野(野添義弘)との話し合いに参加するも、お酒を飲み交わし、高らかに笑い合う彼らの姿を見て「話し合いって飲み会じゃないか!」と呆れていた。多岐川の「佐田くん、ここでは仕事の話はやぼだよ」という言葉もまた、寅子を失望させたことだろう。だが、多岐川は、“分かり合えない時は諦める”という結論に至らぬよう努めているのではないか。

思えば多岐川は、物語冒頭で怒声をあげたが、その言葉は寅子を罵倒するものではなかった。「そんなモヤモヤして、いい仕事ができるわけがないだろう」という叱責に、多岐川の仕事に対する姿勢と、共に働く部下を思いやる気持ちがうかがえる。壇、浦野との飲み会での明るい雰囲気も、反目し合う立場にある者同士がお互いのことを理解できるような場を設けることで、壇と浦野に信頼関係を築かせることに努めているような気がしてならない。ひいては、家庭裁判所の存在を社会の平和、未来の平和につなげるために。

周囲が語る多岐川の熱心さを寅子が一向に掴めない中、第53話は突然訪れた“ヒャンちゃん”との再会で幕を閉じた。酔いつぶれた汐見を家に届けた寅子は、汐見の妻・香子こと崔香淑(ハ・ヨンス)と再会する。久しぶりの再会にもかかわらず、香淑は沈んだ表情をしていた。家庭裁判所設立の行方、いまだ捉えどころのない多岐川の人物像、香淑はなぜ浮かない顔をしていたのか、気になることが山ほどある。
(文=片山香帆)

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