『燕は戻ってこない』“ビジネス”だったはずの代理出産が破綻 揺らぐ“基”稲垣吾郎の価値観

父親が基(稲垣吾郎)であるという確証が得られない子供を妊娠したリキ(石橋静河)。悠子(内田有紀)は彼女への劣等感や罪悪感に耐えきれず、家を出て行った。『燕は戻ってこない』(NHK総合)第7話では、それぞれが“ビジネス”と割り切っていた代理出産プロジェクトが破綻していく。

春画作家のりりこ(中村優子)にアシスタントにならないか、と誘われたリキ。「あなたの精神が気に入った」と生まれて初めて誰かに肯定され、彼女の中で何かが変わった。リキはアートに興味を持ち、意欲的に学び始める。だが、同時につわりが始まった。双子を妊娠しているため、症状は重く、水もまともに飲めない。「私と違う生命体だけど、私を呪う生き物じゃない」と高を括っていたリキだが、そうなってくると呪いにしか思えなくなってくる。いつの間にか大きくなったお腹を食い破って子供が産まれてくる夢は、どこぞのホラーよりも恐ろしい。

そんな中、事態を知った千味子(黒木瞳)がリキの家を訪ねてくる。生まれも育ちも正反対な2人の対面はどうなることかと思ったが、意外にも相性がいい。妊娠・出産の経験があり、元バレエダンサーゆえに健康管理も一流な千味子は、自身が持つメソッドをもとにかいがいしく世話を焼く。そのお節介ぶりに思わず笑ってしまうリキは嬉しそうだ。こうやって丁重に扱われるのも人生で初めてなのだろう。だが、リキが心を開き、代理出産を請け負った理由を語り始めたことで温かみのあった空気感が失われる。

コンビニのおにぎりすら高いと感じる生活から抜け出したい。代理出産という“究極の手助け”で自分を褒められるようになりたい。根源的で人間らしいリキの欲望に触れた千味子は何かおぞましいものを見るような目を彼女に向ける。千味子はリキに会うまで、自分たちと彼女は対等なビジネスパートナーだと信じて疑わなかった。だが、気づいてしまったのだ。リキのやむを得ない事情に漬け込み、子供を産ませる自分たちは圧倒的な“強者”であり、いま彼女を苦しめている“加害者”であると。

帰宅後、手を煩わせたことを謝罪に来た悠子(内田有紀)の前で千味子はリキのことを散々こき下ろす。酷い言葉に思わず顔を歪めてしまうが、千味子はそうでもしなければ罪悪感に耐えきれなかったのだ。同じ人間を子どもを産む工場扱いしていると思ったらおかしくなりそうだから、リキと自分たちの間に「あれは違う人種」と一線を引く。彼女は何も努力してこなかった“甘ったれ”だから、子宮と卵子を売るしかなかった、自分たちはそれを買ってやったのだと、正当化するために。千味子がリキに感じた嫌悪感は、自分への嫌悪感である。露悪的に描かれているが、良心を捨てきれない千味子の戸惑いをまざまざと映し出す黒木瞳の表情に魅せられた。

そして、皮肉にも今回の出来事で千味子と悠子の間で加害者の絆が生まれる。悠子はどこかでホッとしたのではないだろうか。リキが妊娠している子の父親が誰だかわからないという秘密を一人で抱えきれなくなった悠子は基に打ち明ける。自らの遺伝子を継ぐ子を望んでいた基は、それを知ったらきっとリキを非難するだろう。だが、基にもある心境の変化があった。

リキが助けを求めた時、基は生徒とその親と三者面談中だった。バレエ留学のスカラシップを狙う息子の母親は、サラブレッドでもない自分の子供がバレエの世界で生き残っていけるとは思えず、不安に感じていた。そんな彼女に基は、親の職業や才能で子供の人生が決まるのか、子供が努力を放棄する理由になるのか、と反論する中で自分の矛盾に気づく。日本人初の国際的バレリーナである千味子の息子として生まれ、自身もトップバレエダンサーに上り詰めた基。それが遺伝子によるものだという周囲の評価に納得する部分もあり、だからこそ自分もその遺伝子を次に繋げていこうとした。けれど同時に、バレエダンサーとしての実績は自分の努力で勝ち取ったものであると抵抗する気持ちがあったのではないだろうか。その気持ちを自覚した基が、リキの子供が自分と血が繋がっていない可能性を提示された時に、どういう行動を取るのか興味がある。

一方、母性がないから代理母に向いていると思っていたリキも、咄嗟にお腹を庇うようになった自分の変化に戸惑っていた。誰もが上手くいくと信じようとしていた代理出産プロジェクトはガラガラと音を立てて崩れていく。りりこではないが、その結末を心して見届けたい。
(文=苫とり子)

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