充実した人生を送るために、「人との付き合い方」で最も大切にするべきことは?→養老孟司氏と名越康文氏の回答【対談】

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充実した時間を過ごすために大切なことのひとつが「人間関係」です。とくに、定年後、組織を離れ、「個」として人と関わることが増えるシニア世代にとって、人付き合いで大切にするべきものは何でしょうか? 養老孟司氏と名越康文氏の共著『二ホンという病』(日刊現代)より、詳しく見ていきましょう。

年を重ねてから感じる「大切にしたい人間関係」

― 組織を離れてからのことをお伺いしたいと思います。組織人から個になった時の外との関わり方についてアドバイスを。

名越 年を重ねてきた中で思うのですが、僕は父親を早く亡くしているので人生を長くはカウントできない。無駄な時間を使いたくないなと思う中で、結構本音を言うと、やっぱりウマが合う人と時間を過ごしたいということですね。仕事をする時も、大きい小さいではなくて、いままで東京という生き馬の目を抜くようなところで15年以上過ごしていますから、息が合わない人と仕事をしても結局うまくいかないんですよね。この人とはウマが合う、話の展開があるという人としか結局仕事は続かない。実利的にも、幸せ感というか充実感としてもウマが合うって大事だなと思います。

― 家族との関わり方はどうですか。

名越 多くの家族をみてきた感触からいうと、やはり距離感でしょうか。家族は精神的に遠いところで見守っているという関係の方がうまくいっていると思います。距離が近くなるとどうしても自分の思いが先行するんです。相手のためを思ってとはいえ、どれだけ愛し合っていようが、相手に期待してしまってうまくいかない。つまり、向き合うとどうもうまくいかない。距離感をうまく保っている家の方がまあまあ安定していますね。

― 名越先生はお子さんとの関係でさまざまな気づきがあったとのことでしたが、そのあたりはいかがですか。

名越 それがおかしいんですよ。他の家を見ていると、勉強してほしいとか、達成させることが目的となっていますが、それでも親子関係をなんとか保っています。

一方僕のところへ来る方たちは親子関係がズタズタになったから来るわけです。そうするとやっぱりいったん離れるしかない。僕も一度、子どもとバチッとぶつかったことがあった時「これはだめだ」と初めて分かった。で、やっぱり俺は子どもと楽しく暮らしたいと。よく何べんも大喧嘩するなって、世間の親子さんはなんてタフなんだろう(笑)。子どもにおもねるのではなく、楽しく暮らすことに専念しています。

テレビドラマや映画は時間が限られていますから、バチッとぶつかるのは2回か3回で、それで改心して仲良くなって2時間が終わるから理解できるんですよ。でもふつうは世間では、ずっとぶつかっていたりする。よく病気にならないなあと思いますけどね。

養老孟司氏が愛猫「まる」との関係で意識していたこと

― 養老先生にはペットのお話をうかがいたいのですが。「まる」の存在とは?

養老 安定剤みたいなものでしたね。19年間一緒に過ごしました。娘が持ってきたんですよ。

― 普段の接し方はどんな感じだったんですか。

養老 なんでもないですよ。この辺に座っているだけで。その距離感がちょうどいいんですよ。

― 犬よりもネコの方が距離感は取りやすいのでしょうか。

養老 取りやすいですね。

― 養老先生にかまってほしいということもなかったですか。

養老 いやいや、ネコはそういうことないです。何か求めてくるのは腹がすいた時だけですよ(笑)。家の外には出て行っていましたが、ネコ同士の付き合いは好きじゃなかったみたいですね。ちょっと変わっているから。図体でかいし。

名越 僕、ネコが好きで、何匹も良く知っていますけど、1匹でいて群れないネコはいますね。

― 19年もの間ともに暮らされたあとのロスは相当大きかったのではないですか。

養老 そういうことができるだけないような付き合いをしてきましたからね。世の中、無常ですから。

名越 たしかに、ロスの後まで考えて付き合うというのは、人間の側からすると大事な気がします。ペットロスって重症になるケースがあります。本当にふらふらになってしまうことも。人間同士もそうですけどね。できるだけ軟着陸できるような、普段からそういうメリハリが必要ですね。

養老 僕、小学生の時にね「エノケンの法界坊」(1938年)って映画を見たんですよ。今でもよく覚えている。エノケンが歌うんですよ。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀、生者必滅、会者定離」と。それを今でも覚えているということは、印象が深かったんですね。世の中はまさに「生者必滅、会者定離」ですね。

― それなのに最近は社会が一つの価値観を押し付けてきます。健康管理だとか。60、70歳過ぎたら、無常の世の中なのだから、人生、自分の好きなようにさせろ、と言いたくなります。

名越 そうですね。やっぱり、今日すごく元気な人と会って勇気づけられたとしても、明日になったら、その人が病気になっているとかね。僕たちには表層しか見えない。この世の全ては見えない糸でつながって関係しているというのは仏教の現実認識ですが、そうすると人間の意識できる範囲なんてたかが知れている。

人間の知性のレベルからすると、明日には何が起こるか知れたものではないのだから、基本、一期一会という考え方です。

― 個人の領域に画一的な価値観を押し付けるというのがいやですね。

名越 毎日変化して、毎日問題が起こり、消えて行ったりしているわけですから。そんな価値観は意味がありませんよ。

養老 孟司
医学者、解剖学者

名越 康文
精神科医

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