グーグルに見習ってほしい? アップルに学ぶ「AIテクノロジーの伝え方」

Appleの開発者会議「WWDC24」の基調講演では、「iPhone」「iPad」「Mac」に搭載される新しい人工知能(AI)ツールが主役だった。5月に開催されたGoogleの開発者会議「Google I/O」はAI一色だったが、Googleの発表は理解しづらい言葉のオンパレードで、13年来の技術ジャーナリストである筆者も困惑した。一方、今回のWWDCでAppleがとったアプローチは、Googleとは異なるものだった。

Google I/Oの登壇者たちは大量の情報を聴衆に浴びせ、覚えきれないほど多くの新しいブランド名を披露した。「Gem」「Gemma」「Gemini」「Veo」「Astra」「LearnLM」……。基調講演の間ずっと筆者の頭は混乱し、どのツールが何をするのかはもちろん、こうしたツールがなぜ重要なのかさえ分からなくなった。その日は呆然としたまま仕事を終え、テクノロジーの世界から置いてけぼりをくらったように感じた。

AppleのWWDCでも、新しいAI機能がAppleのプラットフォームでどのように機能するかが紹介された。しかし、今回の内容はすっと頭に入ってきた。Appleのアプローチは、「説明するな、示せ」を地で行くものだった。Appleは具体例を挙げながら、新しい機能で何ができるか、そして何より、新しい機能を使うことでどのようなメリットが得られるかをはっきりと聴衆に示した。

あるデモでは、AIを搭載した新しい「Siri」に「この写真を明るくして」と指示すると、自動補正された写真がぱっと表示された。画面を認識する機能のデモもあった。友人がiPhoneの「メッセージ」で新しい住所を教えてくれたときは、そのスレッドでSiriに「この住所を連絡先に追加して」と指示すると、連絡先に新しい住所が追加された。どの事例も具体的で分かりやすく、Appleが顧客重視の姿勢を貫いていることを示していた。

Google I/OとAppleのWWDCは、どちらも基本的には開発者向けのイベントだ。新しい情報を業界の専門家に伝え、ユーザーに展開してもらうために開催されている。しかし、Google I/Oはあまりにも「玄人志向」だった。基調講演では、知っていて当然といわんばかりに次々と専門用語が飛び出し、私のようなテクノロジー好きの一般ファンは取り残された。今、筆者はGoogleが描いたAIの未来に興奮できずにいる。理由は単純、それが何か分からないからだ。これはGoogleの「Chrome」や「Gmail」を使いたい、AIツールを搭載した「Android」スマートフォンを買いたいという意欲にも水を差しかねない。このような事態は、Googleのミッションに反するだろう。

一方、Appleの基調講演は暗号のような開発者トークではなく、筆者に直接語りかけるものだった。最高経営責任者(CEO)のTim Cook氏は、Appleのデバイスに搭載されるAIを「パーソナルインテリジェンス」と呼んだ。この呼び名はしっくりくる。ソフトウェアエンジニアリング担当シニアバイスプレジデントのCraig Federighi氏が発表した際は、背後のスクリーンに「AI for the rest of us(すべての人のためのAI)」というスローガンが大きく映し出された。この言葉は、Googleの不可解な基調講演への挑戦状のようにも感じられた。

基調講演では、消費者である筆者にも大いに関わりのある問題にスポットライトが当てられた。AIにおけるプライバシーの問題だ。Appleは、ユーザーのデータをどう保護するかを雄弁に語った。友人や家族を写実的にではなく、マンガ風の生成画像で表現する機能も発表された。写実的な画像は不気味なだけでなく、プライバシーの面で、極めて重大な問題を引き起こす可能性がある。

もちろん、完全に開発者向けの情報もあった。例えば「ChatGPT」との連携をさまざまなアプリで利用できるようにするためのSDKを提供することだ。しかし、こうした説明も、それがなぜiPhoneのユーザーにとって有益なのかを筆者がはっきり感じられる形で行われた。

WWDCの基調講演が終わった時、筆者はAppleが伝えようとしたことを理解できたと感じた。これからどのような製品が登場するのかが分かったし、それ以上に、新しい製品を試したくてたまらなくなった。Googleの製品も、中身が分かれば試してみたいと思うかもしれない。しかしGoogleは基調講演で「AI」という言葉を140回も繰り返すのに忙しく、製品についての説明がおろそかになってしまったように感じられた。

顧客第一のアプローチを貫くことで、Appleは専門用語の壁を打ち破り、なぜ新しいApple製品に関心を持つべきなのかを人々に伝えることに成功した。これは、絶えず発展し、常に混沌としているAIの世界でAppleが勝ち取った大きな勝利だ。

この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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