「NHKは重要な布石を打った」受信料支払いが“国民の義務”となる可能性も? 放送法改正に見える“思惑”を弁護士が解説

「放送法」の改正によりインターネット配信がNHKの“必須業務”へ(弁護士JP編集部)

先月17日、NHKのインターネット配信を「必須業務」にすることなどを盛り込んだ「放送法の一部を改正する法律」が国会で可決・成立した。スマートフォン等でNHKの番組を視聴するユーザーへの受信契約を求める改正だが、NHKのある“思惑”が見え隠れしているようだ。

スマートフォン等での視聴も“受信契約”必要に

NHKの番組をインターネットで視聴する方法には、現在「NHKプラス」(同時配信・見逃し配信サービス)、「NHKオンデマンド」(映画等の有料制動画配信サービス)などがある。法改正により、これらをスマートフォン等で視聴しようとする場合も受信契約を結ぶ必要が生じるようになる。

視聴には「NHKプラス」等の“アプリ”をダウンロードし、ID登録等を行うことが必要で、受信料は地上契約と同額の月額1100円ほどになる見通し。

「登録して利用しなければいけないものに関しては受信契約を行っていただく」(NHK問い合わせ窓口)としており、インターネットから誰でもアクセス・視聴できるニュースサイト「NHK NEWS WEB」については、現時点では受信契約の対象にはなっていない。

しかし、今後こうした“これまで無料で視聴できていたサービス”でも、受信料が発生するようになるのでは? との声もインターネットを中心に上がっている。法律の建て付けはどうなっているのか。ビジネスと法規制の問題に詳しい江﨑裕久弁護士に聞いた。

NHKは法改正で「将来に向けて重要な布石を打った」?

──NHKのインターネット配信が任意業務から「必須業務」へと変更され、受信料が徴収されるようになったことをどのように捉えていますか。

江﨑弁護士:この方向性は予想していましたが、想定外の早さでした。割増金を規定した前回法改正が2022年で、それからまだ2年です。

今回の改正では「なぜNHKのコンテンツを配信することが公共放送としての義務なのか」「テレビを持たない人からも受信料を徴収するという変更が果たして正当なのか」など、必要な議論が十分になされていないように見えます。(参考:「衆議院HP「第213回国会 総務委員会 第9号(令和6年3月14日(木曜日))」)

NHKをめぐる法改正は多くの国民の関心事かと思いますが、法案提出前に議論されることもなく、国会でも形式的な議論のみで電光石火のごとく法案が通されていることについては非常に残念に感じています。

──改正放送法では、「配信」についても定義されました(※)。NHKにとって、法的にも「ネット配信」が「放送」と並ぶ報道・受信手段として位置付けられたのでしょうか。

※「配信とは、放送番組その他の情報を電気通信回線を通じて一般の利用に供することであって、放送に該当しないものをいう。」(第2条31項)

江﨑弁護士:総務省の公表している法律案の概要を見ると、「NHKの放送番組をテレビ等の放送の受信設備を設置しない者に対しても継続的かつ安定的に提供するため、インターネットを通じて放送番組等の配信を行う業務をNHKの必須業務とする」とあります。

つまり配信はNHKの放送を見たい人間が見られない場合にその手段を提供するという目的のために行うことが掲げられており、現時点では放送が主、配信が従という位置付けになっています。

このことを法令を作る立場に立ってみてみると、立法技術的に、受信料が放送(オンデマンドではない)に対する対価と位置付けられている原則を崩さないため、あくまでオンデマンドの配信に対して受信料を徴収することは例外であるという建前が見て取れると思います。

ただ、実質を見ると、これでチューナーレステレビ等もコンテンツを視聴すれば受信料支払いの対象になりえますし、上記の建前はともかく、受信料支払い義務が生じうる範囲は大きく広がりました。

NHKの意図は推測するしかないのですが、今回の改正で従来の「受信料」の枠組みを飛び出し、テレビを持たない人にも受信料を徴収できる場面を作ったことで、将来に向けて重要な布石を打ったと位置付けているかもしれません。

新たに受信料を支払う必要のある人は?

──改正放送法では、「特定受信設備を設置した者」と「特定必要的配信の受信を開始した者」が受信契約を締結しなければならない(第64条1項)とされています。つまり、新たに受信料を払う必要がある人は、NHK配信アプリ等のダウンロード(DL)、ID取得等を行った者という認識でいいでしょうか?

江﨑弁護士:受信契約や仕組みの部分については今後整理されることになっているため、かなりの部分について想像を交えてお話しします。

視聴の方法としてもっとも想定されているのはアプリのDLですが、一般的なブラウザーを利用して視聴する場合も想定されています(第20条8項)。他方、「受信を目的としない者が誤ってその受信を開始することを防止する措置」というものが記載されており(第9項)、受信の明確な同意がないまま受信することがないようにとされています。つまり、アプリをDLするだけではなく、ブラウザーからたどり着いてしまうような場合には何らかの同意を取る手続きが発生することになります。

したがって、大部分の方にとっては、アプリのDL、またはIDの登録が受信料発生のきっかけになると思います。

一方で、法文上、受信契約締結義務を負うのは「受信を開始した者」であって、上記のような特定の手続きを取った人のみに限られていません。

たとえば、NHKに関しては「公共放送」であるため、スクランブル(受信料の支払い世帯のみ見られるようにする仕組み)で見られなくすることは「NHKが公共放送としての社会的使命を果たしていくことが困難になる」との政府答弁が存在し、登録しなければ見られないというやり方はスクランブルをかけることとある意味同じと考えると、登録を視聴の条件とはできない、という考えなのかもしれません。(参考:衆議院HP「「令和時代のNHK」のあり方に関する質問主意書」

ただ、その状況でもあまりに長く受信料を請求できないことはNHKにとって好ましくないので、登録していない人にも受信料を請求する余地を残しているものと想像します。

受信料が「国民の義務」となる未来も……?

──では将来的に、パソコン、スマートフォン等のインターネットと接続できる機器を持っているだけで受信料を支払う義務が生じてくる可能性はあるのでしょうか。

江﨑弁護士:今回の改正の法文上、インターネットと接続できる機器を持つだけで受信料を支払う義務が生じる建て付けにはなっていません。ただ、将来的にさらなる法改正がなされる可能性はあると思います。

その場合には、テレビを持たないことで受信しない選択肢も無くなり、受信料は国民の義務となります。それは法令が国民から一律的に徴収することを義務付けるということなので、税金と本質的には変わらなくなることを意味します。それを国民が実質的な議論の上で受け入れるかどうかにかかってくると思います。

冒頭申し上げたように、今回の改正は極めて重要な意味を持つにもかかわらず、サブマリン的にいきなり法案が提出され、実質的な議論もなされず成立しました。今後の受信料制度のあり方については、TV放送の黎明(れいめい)期から始まったこの制度の現代的な意義や、NHKという組織の存続自体が目的化していないか等も含めて、しっかりと議論がなされるべきだと思います。

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