フードテックや観光を軸にしたまちづくりで、地域活性化を加速

地方の人口減少と経済縮小が深刻な今、持続可能なまちづくりと地域活性化が喫緊の課題となっている。国がうたう「地方創生SDGs」では、SDGsの理念に基づき、行政や民間、市民が共創して社会課題を解決することが期待されている。第6回未来まちづくりフォーラムで開催された「自治体と企業による共創事例ピッチ」では、日本製紙やJTB、NTTコミュニケーションズらが登壇。自治体と取り組んでいるフードテックや観光を軸にしたまちづくりなど3事業が紹介された。ここから自治体と企業が「共創」するためのヒントを探る。(清家直子)

木材資源を活用した酪農フードテックの取り組み

松岡氏(左)、大野氏

大野泰敬・スペックホルダー 代表取締役社長
松岡 孝・日本製紙 バイオマスマテリアル事業推進本部 参与 本部長代理

日本の食料自給率は60年前から低下傾向が続き、現在は約38%と低い数字になっている。⽇本企業の新規事業開発や戦略⾯のサポートをしているスペックホルダーの大野泰敬氏は、この数字について「輸入に頼っている飼料などが止まると、38%さえ維持できない」と危機感を募らせている。世界の大企業は食の問題を的確に捉え、農業に大規模投資をするようになってきたと明かし、「日本においても自治体や企業、国が連携して農業や酪農の現場を守る取り組みが不可欠だ」と主張した。

ここで大野氏は、酪農家が抱える飼料問題を大きく改善しうる、日本製紙が開発した養牛用飼料「元気森森®」を紹介。これは木材から牛が消化しやすい繊維だけを取り出したもので、たんぱく質などの栄養素を含みエネルギー効率の良い濃厚飼料の特徴と、草などの繊維質で緩やかな消化・吸収ができる粗飼料の特徴を併せ持ったハイブリッド飼料だ。日本製紙の松岡 孝氏は、「良好なルーメン(第一胃)環境が維持できるほか、乳検成績や繁殖の改善なども期待できる。さらに、管理下の木材を使い国内工場で生産しているので、安定した供給・生産が可能」と語る。

続いて松岡氏は、木材繊維を独自技術で高度にナノ化したバイオマス素材「cellenpia®(セレンピア)」について説明した。保水性や乳化安定性など多種多様な機能を備える添加物として、食品から工業用まで幅広く活用されている。食品の乾燥を防いだり形が崩れるのを防いだりし、消費期限の延長に貢献する。気候変動で、価格が高騰した素材の代替品などとしても重宝されているという。

静岡県では、すでにこれらの商品を実験的に導入している企業がある。そのうち「元気森森®」を給与試験中だという酪農家は、「カタログに書かれた数値より高い効果が見られた」と驚いていたという。また「cellenpia®」で協働中の食品会社は、非常食用のパンに活用し、品質や風味の向上、賞味期限の延長などに取り組んでいる。大野氏は、「(2製品の)活用方法は未知数なので、コラボレーションで可能性を広げたい」と会場参加者に新たな共創を呼び掛けた。

笛吹市における旅行者に魅力的な観光まちづくり

(左から)中島氏、大川氏、山下氏

山下政樹・山梨県笛吹市 市長
大川正勝・JTB 甲府支店 店長
中島浩史・JTB ツーリズム事業本部 事業推進部 地域交流チーム 地域交流担当マネジャー

地域に眠っている資源「タカラ」を再発見し日本の「チカラ」につなげるために、地域や自治体と連携し、現状分析からコンテンツ開発、PDCAサイクルの検証まで行い「持続可能な地域づくり」を目指しているJTB。同社の甲府支店は、観光客を山梨県内で周遊させることで新たな人流創出を図る「カイフジヤマロード構想」を立ち上げ推進している。具体的には、県内の各エリアで魅力的なコンテンツを開発し、「河口湖エリア」に集中しているインバウンドを中心にした観光客の誘客を目指すものだ。

笛吹市長の山下政樹氏は、「(河口湖南側の)河口湖エリアには、悔しいほどインバウンド客が来ている。何とか北側の笛吹市にも来てもらいたい」と力を込めた。誘客を図る目玉として打ち出したコンテンツが、2021年に完成した「FUJIYAMAツインテラス」だ。標高1600メートルの新道峠にあり、雲海の下に山中湖や河口湖を望み、富士山が一望できる。このテラスをより魅力的なものに磨き込もうと、笛吹市とJTBが共創。4月末に、新たな観光交流拠点「Lily Bell Hütte(リリーベルヒュッテ)」をオープンさせた。

交流拠点建設には、「DBO(デザイン・ビルド・オペレート)式」を採用。設計段階から民間事業受託者が関われること、受託者が自治体との別途の取り決めによって施設利用料金を収入とできること、などが指定管理者制度と異なっている。

DBO方式について山下氏は、「行政ではアイデアや手法に限界があると判断し、スタート段階からお任せすることにした。結果的にコスト面も抑えられている」と話し、JTB甲府支店の大川正勝氏も「デザインから自分たちの意向が反映できることで、その後のスムーズな運営につながっている。投資という側面もあり、リターンも魅力」とメリットを語った。

施設には観光案内所やカフェを設営し、インバウンド向けのオプショナルツアーを提供するなど、県内を回遊させる仕掛けを図る。併設の「チャレンジショップ」は山下氏のこだわりで、地元住民が特産品などを販売することができるそうだ。

JTB事業推進部の中島浩史氏は「河口湖は国立公園に指定されているため開発に苦労があったと思うが、山下市長のセールス力や発想力、行動力で、強力なコンテンツの開発につながった。その市長の下、地域一丸の今後の取り組みにますます期待している」と話した。

データに基づく高付加価値な観光体験~草津温泉の新たな挑戦~

堀谷氏(左)、福田氏

福田俊介・草津温泉観光協会 事務局長
堀谷順平・NTTコミュニケーションズ ソリューション&マーケティング本部 ソリューションコンサルティング部 地域協創推進部門 主査/群馬県長野原町DXアドバイザー

草津温泉観光協会は、草津温泉の各スポットへの集客と観光客の満足度向上のために、ドコモグループとタッグを組んだ。これにより3月から提供を開始する予定なのが、「草津温泉公式観光アプリ」と「運用管理システム」からなる「観光プラットフォーム」だ。

「日本ナンバーワンの高付加価値な観光体験と、観光事業運営の高度化を目指した」とNTTコミュニケーションズの堀谷順平氏は話す。まず「草津温泉公式観光アプリ」について、お知らせやクーポン、店舗検索などを実装した「草津温泉の情報が詰まった観光パンフレット」にあたると説明。紙と異なり、リアルなデータに基づいた即時情報を届けられる点がメリットだ。また「運用管理システム」では、観光客の属性や位置情報などのデータを収集・分析している。

堀谷氏は「これにより、集まったデータから観光客のトレンドを把握して、マッチしたサービスをアプリを介して展開するという、好循環サイクルを生み出すことが可能になる。個別の団体や事業者だけでなく、まち全体で展開していきたい」と強調した。

「これまで経験や勘に頼っていたことを数値化することで、各事業者が新たな気づきを得るきっかけになれば」と草津温泉観光協会の福田俊介氏も期待を寄せる。福田氏によると草津温泉地域では、湯畑というシンボル的なスポットを除き、個別の施設に足が向かない傾向があるそうだ。規模の小さい施設が多いこともあり、「プラットフォームに集まった情報を今後、いかに活用していくかが課題。登録施設を100、200と増やしつつ、各事業者がデータを生かしライブ情報や限定プランなどを発信することで、草津温泉が『いつも何かしら新しいことをやっている』という、そんな風土を育てていきたい」と語った。

堀谷氏は「プラットフォームに蓄積された情報が、これからの草津温泉観光事業者の宝になっていくと思う。各事業者がアプリや運用管理システムを運用していく中でデータ活用の意義を実感し、より魅力的なコンテンツに進化させてほしい」と語った。

地方の人口減少と経済縮小が著しく進行する日本において、「住み続けられるまちづくりを」というSDGs11番への取り組みは、もはや自治体にとって避けられない課題だ。しかし自治体や企業が単独で取り組むには限界がある。SDGsの理念の下に集うステークホルダーが手を取り合うことにこそ、「住み続けられるまちづくり」を叶えるヒントがあると感じた。

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