読みどころ一杯の『西風』=充実のコラムや小説20編以上

『西風』19号表紙

 西風会は4月、同人誌『西風』19号(362頁)を刊行した。在米邦人のコラムも複数含まれ、20編以上の深みあるエッセーや小説、社会時評や論考など充実した内容となっている。
 「父への追憶Ⅲ」(大門千夏)では、幼いころの大事件「父が大事にしていたヒットラーのような髭をそった日」の顛末を描く。南米に出発する日まで《ブラジルに着いてから必要と思われるものを、手当たり次第に買ってもらい、その上、まとまった大金をもらい、まるで当たり前のように受け取って感謝の気持ちも薄く、この愛情欠乏症の可愛げのない娘》と若き日の自画像を描写する。57歳の若さで亡くなった父に対し「今頃気が付くなんて、遅すぎるよね。お父さん、ごめんなさいね」と切なく綴る。
 「寂寥(せきりょう)の中で―連れ合いを亡くすということ」(高橋暎子)では《死の間際に、「ママイ(私は、夫からいつもこう呼ばれていた)は?」と、妻の私の存在を確かめる言葉を最後に、手を握り、この世の人ではなくなってしまった―》と夫の死に際を描き、《それは、親よりも、兄弟よりも、誰よりも長く、六十年近い付き合いのあった連れ合いとの、永遠の別れであった》と綴る。
 《いざ一人残されてみると、自由になってあれもこれもしようなどとは、とんでもないこと。心に、ぽっかり穴が空いたような虚無感と、寂寥感だけが残って、何もしたくない気持ちになってしまった》との素直な気持ちが書かれている。
 小説「茫漠の世界へ」(中島宏)は、戦後移民の大学畜産科で学んだ志村和夫青年が青年らしい夢を抱いてブラジル移住を決断する心の動きを描いた作品。途中、彼女ができ、それを巻き込んでまでブラジルへ渡るか悩む。
 彼女のセリフ「和夫さん、今、何て言ったの?それは私もあなたと一緒に移住するということなのかしら。もし、そうだとするとそれは、あなたとの結婚を意味することになるわね。はっきり言って、私にそういう意思があることなど、まだ、和夫さんには言っていませんけど」など、胸がキュンとするような戦後移民青春群像がリアルな筆致で描かれている。
 同会は会員が毎月1回集まり、様々なテーマについて議論する私的な研究会。今号から1冊45レアルで、フォノマギ書店(11・3104・3329)や本紙編集部で販売する。問い合わせや投稿の連絡は中島宏さん(メールnakashima164@gmail.com)まで。

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