【独自】送金の先には“体制の弱体化” 韓国の「送金ブローカー」が語る対北朝鮮送金の実態 日本メディア初取材

韓国に入国した脱北者が2024年3月までに3万4000人(累計)を超えた。食糧難や人権侵害が指摘される北朝鮮での厳しい生活から逃れてきたものの、多くは家族や親族を残したままだ。脱北者たちは家族を助け金銭的に支援しようと、違法である「送金ブローカー」を通じ北朝鮮へ金を送っている。しかし南北間の溝が深まる今、韓国・北朝鮮双方でブローカーの取り締まりが強化され、送金はままならない状況にあるという。

今回FNNは日本メディアとして初めて、北朝鮮への送金を仲介する韓国の「送金ブローカー」を取材した。“違法”送金の実態の裏には、危険な橋を渡ってでも送金を続けるブローカーの強い思いがあった。

「どんなに感謝したらいいか…」送金は“砂漠のオアシス”

5月に、4回目となる軍事偵察衛星の打ち上げを強行した北朝鮮。金正恩(キム・ジョンウン)総書記の下で、核・ミサイル開発など軍事力増強に莫大な金が投じられているとみられる。

また北朝鮮メディアの映像からは、金正恩総書記をはじめ一部の特権階級が裕福な生活を送っている様子も伝わる。その一方で、多くの市民たちは厳しい生活を強いられ、違法ルートで行われる外部からの送金が頼みの綱となっている。

FNNは北朝鮮で撮影されたという複数の映像を入手した。そこに映る人々は大量の紙幣を手に、一枚一枚確かめるように数えていくが、身なりや自宅の様子からは裕福な暮らしは見て取れない。ある動画には撮影者との会話とみられる、こんな音声が記録されていた。

「いくらありますか?」
「1万元(約20万円)です」
「間違いないですか?」
「はい」

この映像を撮影したのは、北朝鮮住民への送金を仲介する送金ブローカー。金は脱北して韓国へ逃れた家族や親戚たちから送られたものだ。

映像は送金完了の証拠として撮影される。金を受け取った人から送金した家族たちへ、近況やメッセージを伝える“便り”にもなっているのだ。脱北し韓国にいる娘から金を受け取った女性は、涙ながらにカメラに語りかける。

「どんなに感謝したらいいか分からないよ。本当に夢のようで、考えていた言葉が出ないよ。一旦離ればなれになったのだから、他国に行って無事で過ごして欲しい。何があっても体に気を付けてね。あなたが元気なら、母はそれ以上に嬉しいことはないよ」

ソウル近郊の街に暮らすチュ・スヨンさんは、韓国にいる脱北者などから金を預かり、北朝鮮に残る脱北者の家族たちへ送金する「送金ブローカー」だ。チュさんは、「“対北朝鮮送金”というのは実は大げさで、家族に生活費を送る“家族送金”というのが正しいと思うのです」と語る。自身も脱北者で、2010年に韓国へ入国し、同じ年に脱北した男性と結婚。今は2人の子どもと暮らしている。

「北朝鮮と韓国の生活は比較できません。北朝鮮は電気が切れてこないし、水も出ないし、汽車も通らない。工場に行かないと強制労働に連れていかれる。人が食べて生きて生活する基本的なことが保障されていないのです。北朝鮮は配給自体が途絶えている国ですから、海外に出ている家族の送金が“砂漠のオアシス”のような命綱なんです」

ばれたら“収容所”行き…命懸けの違法送金

違法とされる送金、それはどのような手順で行われるのだろうか。

チュさんによるとまず、北朝鮮の住民に送金したい人が韓国に住むブローカーの銀行口座に韓国ウォンで金を振り込む。金を預かったチュさんたちは韓国内にある「両替所」と呼ばれる場所に“韓国ウォン”を預ける。すると30分から1時間以内に、中国国内にある両替所を通して中国のブローカーへ金が渡り、そこから北朝鮮にいるブローカー経由で住民には“人民元”で金が届く。

それぞれのポイントのブローカーは複数人存在し、最終的な送金先へ金が渡るまでに手数料として4割ほど引かれるという。そうして届く金は1家族につき200万ウォン(約22万円)程度だ。

北朝鮮住民にとって頼みの綱となっている外部からの送金。しかし、中国や北朝鮮当局の監視を避け、金融機関を通さないことなどから韓国では“違法”とされる。さらに、金を受け取るまでの過程で北朝鮮当局に見つかれば、厳しい処罰は避けられないという。

「送り手としては家族の生存をかけて送りますが、北朝鮮政府は容赦をしません。ひどい場合は(ブローカーを)悪名高い政治犯収容所に入れたりします。韓国から来た金だと知っていたとなれば、収容所から永遠に出られません。家族も容赦なく追放されます。中国から数段階を経て(金が)渡るたびに手数料がかかるのですが、その人たちは取り締まりがひどい分、自分の負担金をもらいます。(手数料は)“命の値段”とでも言いましょうか」(送金ブローカー・チュさん)

高まる“外貨需要”…韓国内の取り締まりは強化

送金は北朝鮮で流通している北朝鮮ウォンではなく、中国の人民元など「外貨」で届く。
北朝鮮では今、かつての配給制が崩壊し、闇市場から発展したチャンマダンと呼ばれる市場が各地に広がり、市民の私的経済活動が活発になっている。この市場での取引において、人民元やドルなどの外貨の需要が高まっている。

韓国統一省が2024年2月に公開した脱北者への聞き取り調査では、市場での取引で「人民元を最も多く利用する」と答えた割合は2006~2010年では11.4%だったのに対し2016~2020年には68.4%と急上昇している。また北朝鮮にいながら資金として「“外貨だけ”を保有していた」と回答した割合は、2001年から2005年の間は2.9%だったのに対し、2016年から2020年には41.4%へ上昇した。

韓国統一省は、近年北朝鮮で外貨の流通が拡大した背景として、中国との貿易が盛んになったことや市場の拡大、さらに北朝鮮の貨幣改革の失敗で北朝鮮ウォンの価値が下落したことを挙げており、「人民元とドルをはじめとする外貨は、北朝鮮住民の日常的な経済活動で主要な取引媒介であり、価値保存(資産保有)の手段だ」と分析している。

今や北朝鮮住民の生活に必要不可欠となった外貨送金。違法でありながらも、韓国政府はこれまで“人道的視点”から送金を黙認することがほとんどだったという。
しかし、北朝鮮に強硬姿勢を取る韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が政権を握る中、2023年頃から韓国警察による取り締まりが強化されたと、チュさんや他のブローカーも韓国メディアに明かしている。実際、チュさんも2023年4月に警察の捜査を受けた。

「私を“スパイ”として捜査しようとしたんですよ。それがあまりにも悔しくて…。 合法的にお金を送れるルートが他にあるのなら、こんなことはしません」

北朝鮮の対外工作などに詳しい、自由民主研究院のユ・ドンヨル院長は、ブローカーによる送金行為が、北朝鮮当局に悪用される恐れがあることを指摘。ブローカーから北朝鮮当局に金が流れたり、当局の人質となった北朝鮮住民が脱北した家族に韓国内の情報を要求しスパイ活動をさせたりする事例があるなど、送金行為は北朝鮮当局を利する行為だとして、合法化するのは困難だと説明する。

「政府レベル、または国際的な人権機関のようなところから北朝鮮に送金するやり方が望ましいですが、実際には現状のように違法行為を黙認するしか方法がないでしょう」

またユ院長は、最近の韓国警察の取り締まり強化の動きについても、北朝鮮との関係改善を模索していた文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が消極的な対応をしていただけで、現政権が現行法に照らし合わせ原則通りに行っているための変化だとし、違法送金を美談にしてはいけないと釘を刺す。

送金の先には“体制の弱体化”

警察の取り締まりが厳しくなったことで、送金する側も警戒し、ここ数カ月は送金仲介件数が激減したと話すチュさんだが、ブローカーは続けていくと話す。

それは、送金が単なる金銭的な支援だけではなく、韓国の豊かさを伝え北朝鮮の体制を崩すことにもつながると考えているからだ。

「“外に出た家族は、お金を送ることができるくらい豊かに暮らしているのだな”という憧れも生まれるのです。ブローカーを通じて韓流文化を伝えるCDやUSBが入ることもあります。北朝鮮の家族への送金は、家族の生存確認、外部文化や人権を知らせるためにも大事だと思うのです」

実際、韓国メディアの取材に応じた脱北者は、北朝鮮に住んでいた頃、隣人が韓国の家族から生活費を受け取っている状況から韓国の豊かさを知って、脱北を決意したと話している。一方、報道では、外部からの外貨送金が韓国の体制宣伝や民主主義の普及につながることから、金正恩総書記が近年ブローカーの大掃討作戦を実施したとも伝えている。南北の溝が深まる今、送金はこれまで以上に難しくなっている。

「脱北者は誰もが一つは痛みを持っています。誰かは親を残してきたし、誰かは子を残してきました。韓国のパスポートはこの世のどこにでも行けるのに、(家族がいる北朝鮮は)唯一行けない所です。脱北者のほとんどは“(北朝鮮の家族が)飢え死にさえしなければいつか再会できる”と信じているのです。“統一がいつかは実現するから、それまで死なずに生きていてほしい”という小さな願いなのです。ところが金を送ってくれる仕組みは用意されていません。これからも、法に触れるからといって金を送らない人はいません」(送金ブローカー・チュさん)

今日も北朝鮮メディアから流れてくるのは、金一族の功績をたたえる映像や、笑顔で働き暮らす住民たちの映像だ。しかし、体制の被害者とも言える脱北者と残された家族たちの現状は厳しさを増し、支援のあり方は今まさに岐路に立たされている。
(FNNソウル支局 柳谷圭亮)

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