炎上は無関係でも巻き込まれる 超リアルな法律漫画『しょせん他人事ですから』

たびたび話題になる誹謗中傷や炎上、他人事だと思ってはいませんでしょうか? 筆者もそう思っていました、この漫画を読むまでは。

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる連載「漫画百景」。

第四十二景目は『しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事〜』です。

弁護士を主役に、被害者と加害者、両方の視点からネットトラブルの顛末を追っていきます。

現代を生きるすべての人に関わる内容と言っても大げさではありません。全人類に読んでほしい、そんな本作を紹介します。

TVドラマも放送間近 リーガル漫画『しょせん他人事ですから』

『しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事〜』(以下『しょせん他人事ですから』)は、白泉社の電子漫画誌『黒蜜』で連載中の漫画です。

原作を『この世界は不完全すぎる』の左藤真通さん、作画を『19番目のカルテ徳重晃の問診』の富士屋カツヒトが担当。誹謗中傷や炎上事案を数多く担当してきた、弁護士の清水陽平さん(法律事務所アルシエン)が監修をつとめています。

単行本は累計210万部(電子+紙)を記録しており、7月19日(金)からは、中島健人さん主演のTVドラマがテレビ東京系列で放送される話題作です。

そんな本作の主人公は、普段はのほほ〜んとした顔で、一見頼りがいがなさそうな弁護士の保田理(やすだ・おさむ)。「しょせん他人事」をモットーに仕事をする彼は、依頼者への対応がドライで感情を差し挟むことはありません。

そのため最初の印象はすこぶる悪いものの、依頼を受けるとなれば、そこはプロ、最後まで仕事をやり抜きます。

彼が弁護士の業務を補助するパラリーガルの加賀見灯(かがみ・あかり)と、切迫した事情を抱える人々の依頼に向き合う物語のなかで、現実でも日々世間を賑わせるネット上の炎上や誹謗中傷を描いていきます。

また、誹謗中傷の対応策でよく聞く情報開示請求や、「プロバイダ責任制限法」など、小難しいトピックを噛み砕く説明回もあるため、学びの取っ掛かりにもなります。

ドラマ化に際しては、監修者の清水陽平さんが以下のようにコメント(外部リンク)。

「法律モノのマンガやドラマについては、弁護士からは『そんなのあるわけないだろ!』とか『ここはおかしい!』といった指摘がSNSなどを通じてされることがかなり多いのですが、徹底してリアルに拘りたいという原作の左藤さんの意向から、かなり厳密に法律に沿った内容になっており、幸いなことに(今のところ)そういった指摘は受けていません」

この実績だけでも、本作がいかに現実に則した漫画なのかがわかりますよね。じゃあ実際どんな事案が扱われてるのか?

以降、ネタバレ有りで触れていきます。未読の方はご留意ください

精神的、金銭的負担が半端じゃない情報開示請求のリアル

『しょせん他人事ですから』では、1巻まるまる使った主婦ブロガーの炎上事案で、日常生活まで破壊するネットトラブルの恐ろしさを克明に描き出しました。

書籍を出版するほどの人気を集めている主婦ブロガーが、悪意に満ちた虚偽情報を拡散されるこのエピソードでは、犯人が同じマンションに暮らすママ友であると判明。

結果的に加害者は慰謝料を払うことになり、事件の一端が近所に知られ、家族にも多大な迷惑をかけることになりました。加害者は慰謝料という罪の代償と社会的制裁を受けるのです。

しかし、それで一件落着とはいきません。加害者の禊以上に、被害者の苦しみが真に迫っているのです。

そもそも加害者が、同じマンションに住む顔見知りであることの恐ろしさったらありません。もう近くにはいられないと、引っ越しの決断を余儀なくされます。

それに一度炎上した事実は、謂れのない内容であってもネット上に残り続け、なかなか風化しません。ブロガーとして築いてきた実績にも、少なくない悪影響が出ます。

依頼料が基本的には数十万単位と高額で、金銭的な負担が大きいにも関わらず、慰謝料は依頼料と大きく変わらない無情さも辛さに拍車をかけます。

解決まで少なくとも数ヶ月はかかるため、長期に渡ってストレスを抱えなければいけなかったり、加害者に反省の色が見えなかったり……とにっかくっしんどいっ!!

被害者の精神的な苦痛がこれでもかと描写されました

泣き寝入りしても地獄、戦っても地獄。ニュースなどで、あくまで“他人事”として見ていたネットトラブルの、本当の辛さが実感を持って伝わってくるエピソードでした。

同僚や家族が燃えたらどうなる? 炎上の延焼の怖さ

『しょせん他人事ですから』では、加害者の関係者にまで影響が広がっていきます。

2巻〜3巻に収録される人気アーティストの誹謗中傷事案では、うっかり虚偽情報をSNSで拡散したばかりに、情報開示請求を受け、これが会社や家族はおろか世間にまで知れ渡る会社員が登場します

この会社員は職場を追われ、家族とは別居状態となる悲惨な結末を迎えるのですが、彼が勤めていた会社もとばっちりを受けます。いたずら電話が殺到することになり、一般業務を停止せざるをえない損害を被るのです。

作中では後日談がモブキャラの会話で軽く語られるに留まるのですが、実際に自分の職場で同じことが起こったらどうでしょうか?

同僚の愚かな行いで、電話口の知らない人間に色々と言われるはめになり、やらなければいけない仕事には手が付けられない状況。最悪ですよね。

また、未成年の息子が軽い気持ちで配信者のコメント欄を荒らす迷惑行為をしたことで、百万単位の解決金を支払うことになり、仕事も放ったらかしで、必死に方々を駆けずり回る父親も登場します。

このように、自分が加害者にならなくても、同僚や家族が加害者になることで、多大な労苦を抱える人間がどのエピソードにも登場するのです。

加害者の人生も大きく狂わせる誹謗中傷

先日バーチャルライバーグループ・にじさんじの甲斐田晴さんが、殺害予告等を受けたことを明かして話題になった一件がありました。

この説明を行った動画の中で甲斐田晴さんは、加害者も取り返しのつかないことになると話し、どうか思いとどまってほしいと訴えかけています。

実際に本件では民事だけでなく刑事責任も追及するとして捜査機関が動いているため、加害者は相応の責任が問われることでしょう。

もし刑事裁判で有罪判決が出た場合、前科がつくことになり、人生が大きく左右されます(なお『しょせん他人事ですから』では、前科とデジタルタトゥーに苦しむ依頼主が登場するエピソードもあります)。

本稿の冒頭に「現代を生きるすべての人に関わる内容と言っても大げさではありません」と書いたのは、いくら自分が気をつけていても、炎上の火が自分にまで飛んでくることがあるからです

本作を読むとそれがよくよくわかります。今この瞬間にも、あなたに近しい誰かが燃え始めていて、他人事ではいられなくなるかもしれません

だからこそ『しょせん他人事ですから』は、現代を生きるすべてに読んでほしい作品なのです。

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