ブーイングから始まった苦難のNBAキャリア。トレード、大けがを経てポルジンギスが辿り着いた境地<DUNKSHOOT>

今年のNBAファイナルは、ホームの開幕2連戦を制したボストン・セルティックスが第3戦も取り、破竹の3連勝。第4戦ではダラス・マーベリックスが踏みとどまったが、セルティックスが2008年以来の栄冠に王手をかけている。

流れを掴む上で重要な第1戦で躍動したのは、プレーオフ1回戦の途中から負傷により10試合を欠場していたラトビアのビッグマン、クリスタプス・ポルジンギスだ。

シリーズ開始前、「いきなりファイナルに飛び込むのはタフだが、できる準備はすべてやった」と話していた“ユニコーン”はこの試合、前半だけで18得点を奪いセルティックスのスタートダッシュに貢献。6リバウンドに3ブロックとディフェンスでも絶大な貢献を果たした。

NBAで9年目を迎えているポルジンギスにとって、このファイナルの舞台に到達するまでの道のりは、決して楽なものではなかった。なにしろ彼のNBAキャリアは、栄えある初日から、自分が所属することになる球団のファンから大ブーイングを浴びるところから始まっているのだ。
2015年のNBAドラフトで、彼はニューヨーク・ニックスから全体4位で指名を受けたが、即戦力となれる選手を望んでいたファンにとっては、欧州から来たほぼ無名の選手の獲得は、がっかり以外の何物でもなかった。期待に胸を膨らませていた19歳の若者にとっては、なんとも酷な洗礼だ。

しかしポルジンギスはその体験を、「彼らが間違っていることを証明するためのモチベーションにした」と、地元紙『ニューヨーク・ポスト』のインタビューで語っている。

ニックスは、彼が在籍していた間に4人も指揮官が入れ替わる過渡期にあったが、「すべてが順調にいっている時は楽だ。物事がスムーズにいかない時は厳しい。でも、そういう時こそ、より多くのことを学べるんだ」とポルジンギスは当時を振り返る。

「だから良かった時も悪かった時も、何にも変えがたい体験だ。それが今の僕を作り、この瞬間にいられる僕を作ってくれたのだから」 そう感謝するポルジンギスはその後、マーベリックス、ワシントン・ウィザーズを経て、現在のセルティックスに至るが、彼は移籍後も試合でマディソンスクエア・ガーデンに参上するたびに、ニックスファンからブーイングを浴び続けている。

セルティックスの一員として足を踏み入れた今季の初戦は、いつも以上に“Fワード”のチャントで歓迎(?)を受けたが、試合ではニックスの誰よりも多い30得点を叩き出す活躍で勝利の立役者となった。

「観客は確かに唱っていたね。でも僕にとっては楽しかった。それをモチベーションとして戦った。こうした環境に身を置くのは、実のところ本当に楽しいんだ」とポルジンギスは手荒な歓迎について試合後に話している。

実際のところはニックスファンの間でも愛憎相半ばのようで、チームを去ってからメキメキと活躍している彼の姿に、「辛くて見られない」「今さらだが戻ってきてほしい」「本当はトレードされてほしくなかった」という思いを抱いている人もいるようだ。

そうしたファンとの関係性に加え、2018-19シーズンを全休することになった左ヒザの前十字靭帯断裂や20年の半月板の手術など、彼のキャリアは大きなケガと隣り合わせでもある。

2018年には、そのヒザの故障のおかげで、せっかく選出された初のオールスターの欠場を余儀なくされ、昨年、ラトビア代表が5位と大躍進したワールドカップも、足底腱膜炎のため回避せざるを得なかった。
そして今回も、右ふくらはぎの故障によりプレーオフ序盤に離脱。1か月以上戦列から遠ざかり、ファイナル出場も危ぶまれたが、なんとかコンディション調整を間に合わせると、ジョー・マズーラHCはシックスマンという、通常とは異なる役割をポルジンギスに託した。そして冒頭の通り、初戦勝利の旗振り役となったのだった。

「このチームに来た初日から、自分は『勝利のために必要なことは何でもする』と誓った。今日のこの状況は、まさにその言葉通りだ。ベンチスタートは普段の役割とは違う。でもそんなことはどうでもよかった。そのための準備はできていたし、それを実行したまでだ」

第1戦後のポルジンギスのコメントからは、充実感が滲んでいた。先述の『ニューヨーク・ポスト』のインタビューでは、こうも語っている。

「(ニックス入団当時)自分は世界に挑もうとしていた世間知らずの子どもだった。あのくらいの歳だったら、それもあり得ることだと思う。でも、今の自分は成熟して、考え方も違う。そして今、チャンピオンタイトルを賭けて大舞台でプレーするという、キャリアの最初から望んでいたことを実現するパーフェクトな状況にいる。大事なのはそれだけだ」

第3戦と4戦では、2021-22シーズンの途中にマブズからトレードされて以来初めて、古巣ダラスのアメリカンエアラインズ・センターでプレーするはずだったが、第2戦の第3クォーターで痛めた左足の負傷により、またも戦線離脱となった。

今後は1日ごとに回復状況を見極めていくとのことだが、優勝に王手をかけた第5戦で復帰なるか、そして、ブーイングで始まった彼のNBAキャリアが栄光の頂点に到達するかを見守りたい。

文●小川由紀子

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