「世界で戦い続けたい」岡崎慎司が引退記者会見、ドイツ6部バサラ・マインツ監督、シント=トロイデンのアンバサダー就任も発表

イングランドで10日間、指導者講習を受ける。「さっそく大きな壁にぶつかった」

ベルギー1部シント=トロイデンVV(STVV)にて2023-24シーズン限りで現役引退を発表した元サッカー日本代表のFW岡崎慎司(Shinji OKAZAKI)が6月17日、都内の合同会社DMM.comで引退記者会見を行った。

DMM.comの緒方悠執行委員が冒頭であいさつ。岡崎が7月1日からシント=トロイデンのアンバサダーに就任すると発表した。緒方執行委員は「今後のクラブ経営にも関わってもらいたいと考えています。引き続き、ともに戦っていきたいと思っています」と語った。

そして岡崎は「ヨーロッパで引退した自分に記者会見の場を設けてくださったDMM.com、シント=トロイデンに感謝しています」と礼を述べて、次のように引退を決断した理由を語った。

「引退を決めたのは、ヒザのケガが一番の理由でした。去年のシーズンスタートからずっとヒザの痛みを抱えていて、半年ぐらいプレーしていました。試合に出たり、出なかったりで、(STVV監督の)フィンクさんとの会話の中で、『シンジの力は必要だが、ここでは使えない』と言われ、そうだなと自分も納得し、そういった会話やシチュエーションが増えていきました」

そして岡崎は自身の立ち位置を実感していったという。

「若い日本人やベルギーの選手とも会話し、彼らは僕をリスペクトしてくれていましたが、すごく悔しい想いをして練習をしていました。気を遣うというか……もっと要求できるぐらいで、もっとこういうプレーができたらなと思ったり、(試合を見ながら)いや俺だったらあそこへ入って行けるなと思ったり、でも試合でそれができなくて。それを繰り返し、そして昨シーズンの12月にプレーできないぐらいのケガを負いました」

そして岡崎は一気に「引退」を考えた。

「多分サッカー人生で初めて『辞めたい』と思い、これが引退なのかと。今まであきらめたことがなかったのですが、そこでこのまま終わりたくない気持ちも芽生えていましたが、この続きをヨーロッパで作りたい、挑戦したい、という思いが芽生えました。それがサッカー選手として、ではないと思いました」

そして2月に発表した理由を明かす。

「引退したいと、奥さんに話した時、それは絶対に早くみんなに言ったほうがいいと言われました。自分はシーズン最後までやってそこで言えばいいと思っていましたが、そこは応援してくれた人に伝えるべきだと言ってくれて、2月に発表しました。僕はみんなのため、ファンのためというより、自分がこうしたいとワガママにやってきて、それによって家族にも迷惑をかけてきました。それを貫き、その挑戦の続きが自分で作れると思ったから、やめる決断もできました。ポジティブな決断に至りました」

また今後について、STVVのアンバサダーとともに、ドイツ6部バサラ・マインツで監督を務めると発表した。

「(STVVアンバサダー就任は)ヨーロッパで拠点を持っていて、選手、スタッフ、ヨーロッパで戦う場、チャンスがあることの重要さを、日本の皆さんには知っていただきたいと思います。いかにあそこで競っていく難しさを、次世代へ伝えていきたい。それがシント=トロイデンでの自分の役割だと思っています」

そして監督として、世界一を目指したいという目標も掲げた。

「これからサッカー選手として戦ってきたように、戦い続けたい。ならば監督だと。果たして、日本に帰って、また戻ってこれるのかとも思いました。ちょっと格好をつけたかった。選手の苦労は知っているだけに環境に甘えてしまうと、これまでの悔しさも忘れてしまうと思いました。

ヨーロッパで監督を目指したいと思い、先日も10日間ほど、イングランドで講習を受けて、さっそく大きな壁にぶつかっています。また10年前からアカデミーの活動もしてきましたが、子供たちを見ながら、ヨーロッパの環境、スポーツをする環境。日本でもこうあってほしいと思ってきました」

UEFA-Bの指導者ライセンスを取得していく。そして岡崎と同じ滝川二高校出身の山下喬氏が代表を務めるドイツ6部のバサラ・マインツ(FC BASARA MAINZ)で、監督を務めることが決まっているとも発表した。

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