「macぶっこわしとく」 会社への“不適切チャット”発覚、促され自主退職も一転…「取り消し」求める従業員に裁判所の判断は

従業員のPCで異常なデータ処理を検知したことから“不適切チャット”が発覚した(K+K / PIXTA)

実際にあった職場トラブルを解説する。(大阪地裁 R6.1.16)

「とりあえずオミクロン? ばら撒(ま)いてくださいw」

これは、ある社員が送ったチャットである。送信先は他の社員。社長がそれを発見して「会社のサーバーにウイルスを撒くということか...」とブチギレ。その他のさまざまな不適切チャットもあったため、この2人の社員に自主退職を促した。

社員2人は退職届を提出したが、その後、翻意して提訴。裁判において「自由な意思に基づかないものだから退職を取り消す」等主張した。

しかし、裁判所は「退職を取り消すことはできない」と判断。

以下、事件の詳細だ。

当事者

会社は、バッグ・帽子・手袋等の製造および輸出入販売業を営んでいる。退職届を提出したのは以下の2名。

■ X1さん
商品企画、デザインなどの業務を行っていた。
■ X2さん
ECサイトのデザイン・店舗のポップアップ広告の作成などの業務を行っていた。

チャットでおしゃべり

会社がXさんたちに自主退職を促したのは、「大量の不適切なおしゃべり」が発覚したからだ。約2か月の間にやりとりされたプライベートチャットは次のように膨大だった。

・X1さんとX2さんの会話 A4印刷で559ページ
・X1さんと社員A 131ページ
・X2さんと社員B 407ページ
・X2さんと社員C 454ページ

以下、一部抜粋する。

■ X1さん
下記は、社員Aが会社を辞めようとしていたときにX1さんとチャットでやりとりした内容だ。

社員A
「会社のサーバー潰すわ」
「あ、それやと他の人もこまるな」
「●のパソコン潰すわ」
「後、●家も全部」

X1さん
「社内共通から徐々に行ってください」

社員A
「数年で会社が潰れてほしい」

X1さん
「Aさんが潰してください」
「とりあえずオミクロン? ばら撒いてくださいw」

■ X2さん
自分の部署に配属されることになった同僚にムカついていたようだ。なぜならその同僚が転職のための準備をしていると感じたから。するとX2さんは社員Bへ、同僚への当てつけとして以下のようなメッセージを送信した。

X2さん
「macぶっこわしとく」
「イラレ(画像処理ソフトの略称)消しとくわ」
「週次の時脛(すね)蹴っとくわ」
「脛けってとんこ(太ももの方言)に踵(かかと)落とししとく!」

仕事に無関係なサイトを閲覧

X1さん、X2さんの“問題行動”は、チャットだけでは終わらない。

■ X1さん 飲食店のウェブサイトやプライベート旅行のための宿泊先候補のウェブサイトを閲覧していた。

■ X2さん
初詣の屋台情報やプライベートな東京ディズニーランド旅行の予約に関するウェブサイトを閲覧。この際、閲覧履歴が確認しづらいシークレットモードを利用していた。

社長がブチギレる

ある日、会社は、社員Aが使っているPCで異常なデータ処理を検知する(社員Aは、上述のように「会社のサーバー潰すわ」とX1さんにチャットしていた人物)。会社が調査したところ、出てくるわ出てくるわ。上述した大量のプライベートチャットの存在が明らかになった。

社員Aはすでに退職届を出しており、2か月後に退職することに決まっていたが、会社からこの件を指摘され即日退職した。

退職届の提出

■ X1さん
社長は社会保険労務士とともにX1さんと面談。社長は「会社のサーバーにウイルスを撒くとか、そういったことを言うてる人をデスクに座らすっていうのは、会社としてリスクが高すぎる」と述べ、社労士は「自主退職しないのであれば、私的チャットや私的メールを1個1個全部調査して処分することになりますがどうしますか」と問いかけた。するとXさんは、自主退職に応じる旨返答。そして退職届を作成して提出した。

■ X2さん
X2さんについては、係長・主任が面談。係長はX2さんに対し「問題行動の発覚を受け、X1さんとAさんが退職した。あなたについても同様の問題行為が発覚していると聞いている。あなたが調査対象となって懲戒処分を受ける可能性がある」と述べ、主任は「あなたは社長からの信頼を失っている」旨告げた。そして、X2さんは退職に応じ、退職届を作成・提出した。

提訴

X1さんとX2さんは、退職届を提出することになった経緯に納得できなかったのであろう。裁判を起こす。両者の主張の概要は「退職届は私たちの自由な意思に基づいて提出されたものではないから退職の意思表示を取り消す。退職の意思表示は錯誤にあたる。退職するよう強迫された」等だ。

裁判所の判断

弁護士JP編集部

会社の勝訴である。裁判所は「真意に基づいて退職の意思表示をしたものと認めることができる」旨言い渡した。

X1さんは「家族と面談する機会も与えられず、面談の時間も30分にとどまった」と反論したが、裁判所は「Xさん自身、納得がいかなければ退職届を提出する必要はないことを知っていたのであるから、上記事情をもって真意に基づかないということはできない」と判断。

X2さんは「係長から『懲戒解雇になる』旨告げられた」と反論したが、裁判所は「係長がそのような発言をしたと認定することはできない」と結論付けた(係長は「懲戒処分を受ける可能性がある」とは述べたものの、その一種である「懲戒解雇」になるとは言っていなかった)。

「強迫された」という両名の主張についても、裁判所は「そのような事実は認められない」と判断した。

このように、いったん退職届を出してしまうと取り消しは非常に難しいので要注意だ。

ほかの裁判例

■ 社員の負け
「退職させていただきます」と口頭で述べた場合、退職の意思表示にあたるか? が争われた事件がある。地裁は「退職は成立していない」と判断したが、高裁は「いや、退職は成立してる」と判断した。

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■ 社員の勝ち
会社が社員に「懲戒解雇になるかもよ? 自主退職したほうがいいんじゃない?」などと迫ったとして、裁判になった事件もある。社員は懲戒解雇を避けるために退職届を提出して自主退職したが、納得できず訴訟を提起。裁判所は「自主退職は無効! 懲戒解雇できないケースなのに、それをちらつかせて自主退職を迫っていたからね。当該の社員に過去の給料と夏のボーナス、冬のボーナス、あわせて数百万円を払え」と命じた。(東京地裁 H23.3.30)

会社が強迫などを行って退職届を提出させた場合、社員には勝てる可能性があるが、かなりのレアケースだ。退職届を提出すると“ほぼ勝てない”ということを押さえていただければ幸いである。

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