日産自動車が長期ビジョンから挑む「コーポレートアクション」の実践と実現

DAY1 ランチセッション

サステナビリティを企業経営の中心に置くことが、投資家や国内・海外市場から求められるようになった現在。全社的に経営の舵を切るためには、組織内の風土やビジネスモデル全体の改革が必要となる。本セッションでは、日産自動車がカーボンニュートラル達成に向けて掲げる長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」を題材に、サステナブルな経営を実践するヒントを探るとともに、いかに推進していくかが議論された。(横田伸治)

ファシリテーター
田中信康・サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
パネリスト
田川丈二・日産自動車 専務執行役員 チーフ・サステナビリティ・オフィサー
小野塚惠美・エミネントグループ 代表取締役社長CEO

まずサステナビリティと経営の関係性について、エミネントグループの小野塚惠美氏は、「企業活動は社会や環境、個人のサステナビリティにも責任がある」と主張。加えて「企業の非財務的価値の重要性が高まっている。戦略的なサステナビリティ推進は経営そのもの」として、経営課題の中心にサステナビリティを据える必要性を訴えた。

ファシリテーターの田中信康氏は、小野塚氏の話を受けて、「企業活動(コーポレートアクション)」について、「本来であれば有価証券の価値に影響を与える財務上の企業の意思決定を指す」と補足した。さらにサステナビリティ経営においては「関連部門のみ対応する取り組みではなく、企業の全体戦略に紐づく首尾一貫した経営の実践」と定義した。

こうしたコーポレートアクションを実践する好事例として、日産自動車の田川丈二氏が同社の構想を披露した。同社は「人々の生活を豊かに。イノベーションをドライブし続ける」とのパーパスを掲げ、気候変動や都市部の過密状態、高齢化などの社会課題に取り組んでいる。そこで指針にしているのが、長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」だ。

田川氏(左)、小野塚氏

2050年までに製品のライフサイクル全体でカーボンニュートラルを実現するという目標に向けて、具体的なビジョンを示している。その一つ目の軸となるのは、「移動の可能性を広げる」こと。電動化を進め、環境配慮だけでなく人々の「ワクワクする体験」を提供しようと試みているほか、自動運転などの運転支援技術・知能化も注力する。さらに、福島県浪江町などでは、自動運転による公共交通サービスの実証実験にも乗り出し、住民の生活の質の向上を図っている。

もう一つの軸となるのは、「社会の可能性を広げる」ことだ。例えば循環型社会の実現に向けて、EVの使用済みバッテリーを別用途に再利用したり、原材料をリサイクルして再びEVに搭載したりするなどといった「EVエナジーエコシステム」を打ち出す。ほかにも、独自のエネルギーマネジメント技術により、オフィスなどの電気使用量のピーク時間帯を避けてEVを充電するシステムの提供や、バッテリーを蓄電池として被災地支援などに活用する取り組みも実用段階に入っているという。

DE&Iやコンプライアンスの見直しも企業価値向上に

これらの事業内容に加え、田川氏は、組織内のDE&Iの重要性も指摘する。多国籍にわたる従業員を抱え、女性の管理職割合向上にも取り組む同社だが、田川氏は「数の上での多様性だけでは不十分」と述べ、一人一人の個性を引き出す社内風土の醸成に向けて「世界中のどこで生まれ、どんな環境で育った人でも、日産自動車ではCEOにまでなれる。誰でも活躍できる組織を作ることが、会社の価値向上にもつながると信じて取り組む」と決意を述べた。

田中氏

田中氏は「日産のカルチャー変革には壁もあるはず。乗り越えるために必要なことは?」と質問した。田川氏は「良い意味でも悪い意味でも、元会長のスキャンダルがあったことで、企業文化のコンプライアンスが見直されている。ただ、CEOや役員の決定だけではなく、従業員の声を聞きながらもっと進めるしかない」と率直な思いを明かした。

小野塚氏も「ただ長く続けることが持続可能性ではなく、コンプライアンスもリーダーシップも前進させていくことがサステナブル経営だ」と同意し、「日本企業のガバナンスも良くなってきた今だからこそ、実際に(役員・幹部の)報酬体系の見直しも視野に入れて、一人一人の行動を変えていく好循環を生む必要があるのでは」と提案した。

また田中氏は、「カーボンニュートラルという方針は変わらないとしても、目の前ではEV推進のコストは高い」と企業のジレンマにも触れた。

田川氏は「他の自動車メーカーを含め、このままEV事業で損失を出し続けるリスクもある」と危機感を表す一方で、「我々はEVの比率を高めたり、燃費を向上させたりしないと、(投資における)大きなペナルティを受けることになる。バッテリーの回収やリサイクルによってコストを下げていくことで、EVの収益性を上げていけると考えている」と、「Nissan Ambition 2030」への取り組み意欲を語った。

© 株式会社博展