78年の歴史に幕 諫早の遊漁船「川下瀬渡し業」 釣り客の信頼厚く…「幸せな人生」 長崎 

川下さんと相棒の「豊丸」=諫早市飯盛町

 長崎県諫早市飯盛町の遊漁船業「川下(かわしも)瀬渡し業」が今年1月、多くの常連客に惜しまれながら、78年の歴史に幕を下ろした。2代目船頭、川下吉紀さん(78)は「良いお客さんに恵まれ、幸せな人生だった」と、穏やかにほほ笑む。
 川下さんが父から仕事を受け継いだのは31歳。同町の「上(かみ)の島」「下(しも)の島」は、イシダイやマダイ、アジ、クロ(メジナ)などの魚が狙える絶好のポイントがあることで知られる。良い釣り場を求める客のために、妻のあけみさん(67)と二人三脚で、島への送迎を続けてきた。長年の経験を生かし、その日に適した釣り場などもアドバイス。決まった運航スケジュールは設けず、1人からでも客の都合に合わせ船を出した。「いつ行っても渡してくれる」と評判を呼んだ。
 無事に客を帰すことが毎日の目標。天気図を読み解き、予報より早く海が荒れそうな時は、波が高くなる前に迎えに行った。責任感あふれる真面目な仕事ぶりに客からの信頼も厚く、常連客は「川下さんとこの船なら行っても良かよと妻が許してくれた」と明かす。
 自宅一角の待合室には、釣り上げた多数の魚や、全長1メートル以上の大物を手にした客たちの笑顔の写真が大切に保管されている。川下さんは「釣れたと大喜びで帰ってくるお客さんの顔を見るのがうれしく、やりがいだった」と振り返る。
 80歳になるまでは続けたいと考えていたが、昨年秋に体調を崩し入院。突発的に血圧が高くなる病気で、退院後も時々、激しい動悸(どうき)やめまいに襲われる日々が続く。「客の安全を考えればやむを得ない」。1月9日の運航を最後に、廃業を決意した。
 近隣に瀬渡し業者はなく、常連客からは惜しむ声が聞かれる。20年以上にわたり利用した長崎市の松尾浩さん(65)によると、利用客が転倒しないよう、川下さんは岩場への接岸など操船には人一倍気を使っていた。「『頑張ってね』『(釣果は)どげんやったね』と優しく声をかけていた。奥さんも気さくで、釣った魚をさばいてもらったこともある。引退は残念だが、仕方ない。ありがとうございましたという感謝の言葉に尽きる」と話した。
 長年の相棒だった「豊(ゆたか)丸」は建造から37年経つがまだ現役。「人の命を預かる大変な仕事ではあるが、後を継ぎたいという人がいれば船を譲りたい」。川下さんは静かに相棒を見詰めた。

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