“ファッション=テニス”ビームスが手掛ける新ブランド「Setinn<セットイン>」とは。ディレクター新井伸吾に聞くテニス界に参入したワケ

セレクトショップの草分け的存在の「ビームス」がテニスの新ブランドを発表その名は「Setinn<セットイン>」

ラコステやフレッドペリーと広く知られているファッションブランドの創業者はプロのテニスプレーヤー。見ない日はないと言っても過言ではない老若男女に愛されるスニーカー、アディダスのスタンスミスもまた往年の名テニスプレーヤーであり、テニスとファッションの関係は深い。そのテニス界に、セレクトショップの草明け的存在「ビームス」から新ブランド「Setinn<セットイン>」が登場した。

「ビームス」は、2020年にトッププロの愛用者も多いグリップテープでよく知られているアメリカのテニスブランド「TOURNA(トーナ)」や、2022年にマイケル・チャンやマリア・シャラポワらも使用した「Prince(プリンス)」とのコラボ商品を発売。ブランド哲学を崩さず、新しいアイテムを世に生み出してテニス愛好家以外からも好評を博した。

これらテニスとファッションをつなげてきたのが、「ビームス」でバイヤーを務め、今回「セットイン」のディレクターとなった新井伸吾さん。小学生の頃からテニスに触れ、高校ではインターハイ、大学ではインカレ出場と全国レベルの腕前を持つ。

テニスの伝統的な部分を重んじたクラシカルなデザインでありながら、オンコートでの使用も可能な機能性を兼ね備えたという「セットイン」。すでに全国選抜高校テニス大会で審判団の公式ユニフォームとして提供したり、元女子世界ランク70位の尾﨑里紗も着用したりとテニス界に足を踏み入れている。

タイムスリップしたかのようなどこか懐かしさを感じさせる一方で現代のファッションをも取り入れたテニスウェア。一体、どのような思いで新たなブランドを立ち上げ、テニス界に乗り込んだのか。きっかけやブランドが目指すところ、ウェアのこだわりなどディレクターの新井さんにその思いを聞いた。

――セットインができたきっかけを教えてください。

「定期的に海外も含めてテニスの試合見るようにしていたんですけど、『あれっ、テニスウェアがダサい』と思ってしまったんです。自分もテニスに夢中になっていたからわかります。選手としては着方もわからないし、着せられている感がある。『あれじゃあ憧れないよね』と半分ディスに近い思いがありました」

――今は契約メーカーから数パターンのウェアが提供され、1つのコートで2人の選手が同じウェアを着ていることも少なくありません。

「今のテニスプレーヤーに個性を感じない。僕はこれまでテニスでインカレまで出場してビームスに就職しました。こうやってバイヤーになり、いろんな洋服を作らせてもらって別注企画を任せられるようになったときに、どこかモヤモヤみたいなのがテニス界にあったんです。次第にそのモヤモヤが強くなって、人とのつながりの中で偶然、プリンスの別注企画をやらせてもらいました。それが名器と言われるグラファイトの別注で売れたんですよね。そこからビームスの洋服でもテニスに通用するかもと。それが一番最初のきっかけで、しかも服を作ろうとは思ってなくテニスクラブが欲しいと考えていました。すでにたくさん洋服を作らせてもらいましたし、モノ売りじゃなくてコト売りに興味を持ち始めていたんです」

――テニスクラブというと?

「架空のテニスアカデミーをすべてビームスで作ること。クラブにはセンターコートがあってプレーできる場所があるんですけど、カフェやセットインの物販、ビームスTのアートワークになっている壁打ちがある。洋服の仕事をしていると、意外とテニスコートって使える。だから映えているテニスコートがあれば、それでも貸せるなとか想像を膨らませていました。とにかく一日いられる場を作りたかったんです」

――いままでのテニスクラブだとどうやって会員を増やすか、レッスンやコートを貸すかが主だと思います。目的がまったく異なりますね。

「テニス界の人は『テニス界を変えたい』と言うんですよ。でも、同じ角度からしか見ていないので、あれでは変わらない。でも、僕らはアパレル業界から来た。まったく景色が違くて、良い意味でも悪い意味でも突っ込みどころ満載。全否定しているのではなく、もっと良くなるのになと。僕たちビームスだから見られるテニス界があり、携わることによっていろんな角度から変えられるなと思っています。ビームスという大きな会社だからこそ言えることですけど、これはチャンスだなと思ったし、テニスを続けてきた僕にしかできないなと思いました」

アパレルからの視点でテニス界を壊す

“テニスとファッションはそう遠くない”少しの見方ですべてが変わる

――テニスもファッションも知っているという人は少ないと思います。

「僕らのセットインの洋服を見たい人やカフェ、アートが目当ての人、もちろんテニス目当ての人などいろんな人が入るように間口を広げたかった。そういう箱が欲しいと社長プレゼンをしたところ『ビームスは洋服屋だからまずはブランドを作りなさい』と。『架空のテニスブランドが本物のテニスクラブを作ったというストーリーのほうがかっこよくないか?』という言葉をいただいて、このブランドを立ち上げました」

「要は自分たちの目線でテニス界に茶々を入れたいんですよね。もちろん、ほかのメーカーからしたら面白くはないでしょう。でも僕はそれでもいいと思っていて、みんなが同じ方向を向いていることほど怖いものはないと思っています。みんな右に行くけど、左に行っても面白いかも、景色がいいかもっていうのがビームス。天邪鬼ですね」

――服を作って終わりではないということですね。

「コト売りしたいので、これがゴールじゃない。具体的な絵は見えていますが、もちろんそれはやってみないとわからないところもあって、成功もあればもちろん失敗もある。失敗してよかったなと思ったこともあるので、今はすごく楽しいです。洋服を作れる人はたくさんいると思いますが、その人たちの中でテニスを真剣にやっていた人ってそうはいない。だからチャンスだと思っています」

ディレクター・新井伸吾さんも憧れたジョン・マッケンロー(©Getty Images)

――服づくりの原点を聞きたいのですが、新井さんの青春で憧れた選手、かっこよかった選手などはいますか?

「僕は(ジョン・)マッケンローの立ち振る舞い、仕草は悪童と言われていましたがかっこよくて好きでしたね。そのあとに(アンドレ・)アガシや(ピート・)サンプラス、(ジム・)クーリエらのプレーもですが、格好としてもかっこよかった。あの時は地味なサンプラス、派手なアガシでしたが、年を重ねるごとにサンプラスの味がわかるようになってきた。他の選手たちもかっこよかったです。それというのも要は服のサイジングだと思いますね」

――その点、どのようなイメージを生かしてこの服を作ろうと思ったのでしょうか?

「昔はテニスウェアを着て外を歩いていたし、テニスウェアがファッションだった。ですが、今のテニスウェアで外を歩けるかと言われたら僕はできない。アガシやサンプラスなど昔のスタイルはめちゃくちゃおしゃれで、もっと前でもボリス・ベッカーやルネ・ラコステとかだってチルデンベストを着てスラックスを履いてテニスをしているわけです。僕らが見てきた80~90年代、00年代前半のテニスウェアは洋服でした。いつから更衣室が必要になってしまったんだと」

「僕らのスローガンは、“テニスとファッションはそう遠くない”。80~90年代のアガシ、サンプラス、クーリエ、マッケンローというファッションのお手本をそのまま継承していきたかった。Setinn<セットイン>という名前は、Tennis<テニス>のスペルを入れ替えたアナグラム。だから近いんだよって。少しの見方、景色の違いだけで読み方も違えば全部変わるということがやりたかった」

派手なウェアだが、頭の先からつま先までしっかりコーディネートされたアガシと、シンプルながら絶妙なサイジングのサンプラス(©Getty Images)

90年代のテニスウェアをオマージュしたセットイン

「おしゃれで、強く見せることの中の一番を目指したい」

――その“洋服”のディテール面でのこだわりは?

「ジャケットやニットなどほとんどすべてのアイテムに、そのままテニスができるように裏メッシュをつけています。そのほかにもサイドに見えないづらいコンシールジップポケットを使って、たくさんのボールを入れられるようにしたり、スラックスに関してもメッシュをつけて裾を絞れたりする。でも、タックが入っているからクラシックな装いですよね。細かなディテールで言えば、ジップをよく見るとテニスラケットになっていたり、ドローコードの先はグリップの形になっている(笑)オンコートとオフコート、それぞれで着るアイテムをラインナップの中でも分けているんですけど、基本的には両方使えるようにしています。ディテールにもこだわっていますが、セットインの特徴はサイジング。現状のテニスウェアでセットインのようなゆったりしたシルエットのものはなく、これらは昔のテニスウェアの型をサンプリングしているんです。僕らはそれをオマージュし、遊び心も含めて現代のテニスウェアとして昇華させています」

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――洋服でありながらテニスウェアでもある。プレーする人の気持ちがわかる新井さんだから気づけるところですね。

「僕はインハイ、インカレに出ましたけど、そこまで大した成績を残せずに終わった。なんでちゃんとやらなかったんだろうと後悔もあります。大した結果も貢献もできなかったけど、今なら違う形でテニス界に貢献できるかなと思っています。今の立場、ビームスでテニス界に貢献したい。僕の茶々というのは、いい意味でも悪い意味でも貢献すること。もう少しテニスをおしゃれに、楽しく、間口を広げていきたい。僕たちだから新しい層をテニス界に呼びこめると思っています」

――すでに全国選抜高校テニス大会でも公式ユニフォームとして携わられています。ですが、テニス界にはまだ参入したばかりです。どのような存在感を示してきたいですか?

「(全国選抜高校テニス大会の)審判団の方たちが着てくれて、それはもうテンションが上がりましたよ」

「今のテニス界に新規の参入がないのは、ビジネスとしておいしくないからだと思いますが、僕らは単にモノを売ってビジネスをしようとしているのではありません、コト売りとしてのビジネスのほうが大切だと思っているので、今はそのためのプロセスでしかない。現段階では、『セットインって聞くようになったな』と思ってもらえたらすごいうれしい。来年には、もう一歩テニス界に足を踏み入れられそうなので、だから着ている選手がいたら『あっセットインを着てる』みたいになってくれたらいいですね。僕らは選手の強化に手を出すことはできないけれど、それをサポートすることはできる。おしゃれで、強く見せることの中の一番を目指したいなという気持ちです」

――セットインを着ているプレーヤーやビームスによるテニスクラブを楽しみにしています。貴重なお話ありがとうございました。

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