英雄ウエストはNBAロゴのモデルになりたくなかった?「変えてほしいと思う」と不快感を示す理由とは【NBA秘話:後編】<DUNKSHOOT>

■莫大なライセンス料の問題がロゴモデル不在の真の理由?

シーゲルはロゴを納品した際、モデルがウエストであることをあえて明言しなかったが、そのことは周知の事実だった。だが現在、NBAの公式見解では、モデルが誰であるか定義付けられていない。デイビッド・スターンがNBAコミッショナーの頃、『ロサンゼルス・タイムズ』紙はその事実を確認すべく正式なルートでスターンに質問状を送ったが、NBA側はスポークスマンを通して、「こちらには、その件に関する記録は一切残っていない」との声明を発表し、事実上回答を拒否している。

なぜNBAは完全否認状態なのか。あくまでも推測の域を出ないが、その答えは“ライセンス料”にあるようだ。半世紀前、権利意識を持たないまま使い始めたロゴは、現在莫大な収益に絡んでいる。『ESPN』の記事によると、2019-20シーズンにおけるNBAの総収入は83億ドル。グッズに関しては、ほぼすべてにロゴが入っているだろう。売上の数%がライセンス料として、肖像権や著作権を持つウエストとフォトグラファーの遺族に支払われるだけで、毎年数十億円もの大金を失うことになる。人気スポーツブログサイト『Grantland』の記事で、ウエストは冗談めかしながらこう言っている。
「(NBAがロゴを使用する度、私に)ロイヤリティ(使用料)が入ってきたら嬉しいね。そいつはかなりクールだよ」

シーゲルは制作したロゴについて、ウエスト本人と直接話をしたことは一度もない。ただ、これまで何度か偶然の出会いは果たしている。初めて出会ったのはロサンゼルスのレストランだった。広報担当者と昼食をとっていたウエストに、シーゲルの同行者が「彼はNBAロゴの制作者です」と紹介すると、「その時コミッショナーは誰だった?」とウエスト。シーゲルが「ウォルター・ケネディ」と答えると、ウエストは視線を落として昼食の続きに取り掛かり、それ以上相手にしなかった。

2回目はステイプルズ・センター。現レイカーズオーナー、ジーニー・バスのゲストとしてプライベートクラブでの夕食に招かれた際、別のテーブルにウエスト親子が座っていた。シーゲルは意を決して歩み寄り、改めて自己紹介をしたところ、ウエストは無愛想な態度で、一言も発しなかったという。
そしてある日、ウエストの伝記執筆者、ジョナサン・コールマンからシーゲルに電話がかかってきた。その時コールマンから、「Mr.ウエストはNBAのシンボルであることを不快に思っている。それゆえ彼はあなたと話したがらないだろう」と通達されたそうだ。

2017年、『ESPN』のトーク番組『The Jump』にウエストが出演した際、番組ホストのレイチェル・ニコルスが、いつもの無邪気さを装いながらロゴに関する鋭い質問を投げかけ、その返答が話題を呼んだ。

「まず第一に、私はあのロゴが世に出てこなければ良かったと思っている。これまで何度も言ってきたが、もしあれが私であれば喜ばしいことだし、私であることはわかっている」

「私は自分が注目されるようなことをするのが好きではない。人から『あなたらしくない』と言われても、それは仕方のないことだ」

「もし彼ら(NBA)が、(ロゴを他の選手に)変えたいのなら、私は変えてほしいと思う。(ニコルスが驚いた様子で『本当に変えてほしいのですか?』と言葉を挟むと)そう思ってるよ」
ウエストはその数年前、2015年に行なった『HUFFPOST』とのインタビューでは、「将来、あなた以外に誰かのロゴを見てみたい?」という質問に対し、次のように答えている。

「レイカーじゃないので言いたくないが、マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)だ。彼は私がこれまで見てきたなかで、最も偉大な選手だよ」。

■コビーの墜落事故死後に突如、ロゴの変更運動がスタート

NBAのロゴが再び話題に上がったのは、2020年1月のことだった。コビー・ブライアント(元レイカーズ)のヘリコプター墜落事故死というショッキングな出来事が発生したその日、ラッパーのブージー・バッダスがNBAに向けて、「ロゴをウエストからコビーに変えろ、それが唯一の正しいことだ」と語りかけるメッセージ動画をインスタグラムに投稿。元NBA選手のジャマール・クロフォード(元ロサンゼルス・クリッパーズほか)らがそれに賛同し、Twitter(現X)に「コビーが新たなNBAロゴにならなければならない」と書き込んだ。

すると、世界最大のオンライン署名サイト『Change.org』にすぐさま署名ページが設けられ、事故翌日の夜までに200万通もの署名が集まった。スヌープ・ドッグやアッシャー、ジャスティン・ビーバーといった大物有名人も賛同の意を示し、2021年8月時点で320万通までその数を伸ばしていた。
そして2021年2月、一連の動きは新たな局面を迎え、再び物議を醸すことになる。

当時ブルックリン・ネッツに所属していた変わり者、カイリー・アービング(現ダラス・マーベリックス)が自身のインスタグラムに、コビーの新NBAロゴ案とメッセージを投稿。するとコビーの妻ヴァネッサが即座に反応し、“love this. ”と書き込むと、ほかにもラメロ・ボール(シャーロット・ホーネッツ)やスティーブン・ジャクソン(元ウォリアーズほか)といった複数の新旧NBA選手も賛同の意を表明した。アービングのメッセージは次の通り。

「(コビーへのNBAロゴ変更は)起こらなければならない。誰が何と言おうと、俺は気にしない。このリーグを築いたのは、“黒いキングたち”だ」

ここに来て、人種問題を絡めてきたのである。センシティブな問題だけに軽々なことは書けないが、あえて個人的意見を述べさせていただくなら、コビーの死とロゴ、そして人種の問題を強引に結びつける行為には、多少の違和感を覚えざるを得ない。一番困惑しているのは、変更賛成派の白人、当のウエスト本人なのではないだろうか。
ウエストは出演したテレビ番組で、現在のロゴに対する心情を吐露した際、それが少々ネガティブな内容だったこともあり、多くのメディアに取り上げられた。するとロゴ製作者のシーゲルの元へ、2000通ものメールが届いたそうだ。その90~95%が「ロゴを変更すべきではない」という趣旨のメッセージで、シーゲルはずいぶん気を良くしたという。

送られてきたメールには、新しいロゴのアイデアも一定数含まれていた。シーゲルがインタビューでいくつか紹介したなかから、個人的に興味をそそられたのが、“PJ・カーリシモ(元ウォリアーズ・ヘッドコーチほか)の首を絞めるラトレル・スプリーウェル(元ニューヨーク・ニックスほか)”と、“マグジー・ボーグス(元ホーネッツほか)の脇に立つマヌート・ボル(元ウォリアーズほか)”のふたつ。プロ中のプロであるシーゲルの手にかかると、いったいどんなロゴに仕上がるのだろうか。

それ以前の問題として、もしNBAがロゴ変更の新たな仕事を依頼してきても、シーゲルはきっぱりと断るそうだ。

文●大井成義
※『ダンクシュート』2021年10月号掲載原稿に加筆・修正。

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