新国立劇場が挑む全十篇完全舞台化がついにクライマックスへ。上村聡史演出「デカローグ8」稽古場レポート

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新国立劇場による大プロジェクトが、ついに“最終章”へと突入する。4月に公演がスタートした「デカローグ」十篇の完全舞台化は、6月22日(土)に幕を開けるプログラムD (デカローグ7・8)、プログラムE(デカローグ9・10)の交互上演を残すのみに。劇場では、4篇の稽古が同時に進行中。上村聡史演出によるデカローグ8の稽古場を取材した。

ポーランドの映画監督クシシュトフ・キェシロフスキによる「デカローグ」。今回の舞台化では演出を小川絵梨子と上村が分担、プログラムDのデカローグ7、8はいずれも上村が担当する。3月に実施されたトークイベントで、上村が「ぜひやりたかった」と挙げていたのがこのデカローグ8。どんな表現でこの物語を紡いでゆくのか、期待とともに稽古場へ。

副題は「ある過去に関する物語」。観客を物語の世界へと導くのは、物悲しいピアノの調べだ。冒頭、登場人物の過去の出来事がほのめかされるも、それがどんな過去なのか探りきれぬまま、アパートの住人の日常が始まる。

先行するエピソードと同様、稽古場に設けられたのは1980年代、ワルシャワ郊外の巨大アパートの装置。毎回少しずつ姿を変え、さまざまな登場人物たちの暮らし、事件を垣間見せてきた空間だ。今回の住人は、倫理学の大学教授ゾフィア。ジョギング姿で登場し、腕立て伏せにも全力で挑戦、年は重ねているが身も心も若々しい、知的な女性だ。演じるのは高田聖子。凛とした美しさが目をひく。

ひとり暮らしの質素なアパートの居間には、風景画の入った額縁が飾られているが、なぜかいつも傾いている。何度直してもすぐに傾く“いたちごっこ”も、彼女の日常だ。大学に出かける彼女が外でばったり出くわしたのは、大滝寛演じる切手コレクター。ゾフィアの隣人だ。最近手に入れたというツェッペリン号の記念切手のシリーズについて熱く語る彼に、親しみをこめて接するゾフィアの笑顔が印象的。実は彼はデカローグ10の主人公となる兄弟の父親だが、そこでの彼は既に故人に。時折、体調が悪そうな様子も見せるが、超レアな切手を手に入れて舞い上がり、のちにゾフィアの部屋へと見せにくる姿はとても幸せそう。コンクリートに囲まれた、孤独な人々の集合体のような巨大アパートも、「デカローグ」十篇それぞれの物語のゆるやかな繋がりの中に、隣人同士のちょっと変わった交流が見えてきて、ホッとする。

彼女のそんな日常に、アメリカから客人が来た。彼女の数々の著作を翻訳したという女性、岡本玲演じるエルジュビェタだ。ホロコーストを生き抜いたユダヤ人の運命について研究しているという彼女は、優秀な研究者らしい隙のない佇まいだが、きっと心に何か隠している。ふたりは面識があった。ゾフィアがニューヨークを訪れた時、彼女に会っていたのだ。ゾフィアは彼女を歓迎し、ゾフィアのゼミを聴講したいという彼女を温かく迎える。

そこである学生が事例としてあげたのは、デカローグ2に登場した、愛人の子供を妊娠した女性の話。意見を述べ合う学生たちに、「子供は生き延びた。それが重要」と力強く語りかけるゾフィア。もっともだ。が、その後ゾフィアの許しを得てエルジュビェタが語り始めた話は、戦時中のワルシャワで、生き延びるための助けの手を伸ばしてもらえなかった少女の話。ゾフィアの表情が、固くなる。岡本の迫真の語り口は、それがエルジュビェタ自身の過去の話だからこそ。同時に、それはゾフィアの過去でもあった。そうして描き出されていくのは、生き延びた少女と見捨てた女性の再会のドラマ。ふたりが微妙な距離をとりながら、過去の出来事の真相を明らかにしていく様子が、丁寧に表現され、心を揺さぶる。

印象に残るのは、「デカローグ」十篇すべてに出演し、舞台上で繰り広げられるさまざまな出来事を目撃する「男」を演じる亀田佳明の存在感。この8話でもゼミの学生をはじめいくつかの場面に登場するが、デカローグ6までのどの物語よりもずっと強く、観客の前へとぐっと近づいてくる。

この物語がより鮮やかに観客に伝わるよう手を尽くす上村の演出が、舞台上にどのような物語を織り上げていくのか。期待はさらに膨らんでゆく。他の3篇とともに、じっくり味わいたい。

公演は、6月22日(土)から7月15日(月・祝)まで、東京・新国立劇場小劇場にて。チケットは発売中。

取材・文:加藤智子 撮影:田中亜紀

<公演情報>
『デカローグ7~10(プログラムD&E 交互上演)』

原作:クシシュトフ・キェシロフスキ/クシシュトフ・ピェシェヴィチ
翻訳:久山宏一
上演台本:須貝英
演出:小川絵梨子/上村聡史

【プログラム D】
デカローグ7「ある告白に関する物語」
出演:吉田美月喜 章平 津田真澄
大滝寛 田中穂先 堀元宗一朗 笹野美由紀 伊海実紗 安田世理・三井絢月(交互出演)
亀田佳明

デカローグ8「ある過去に関する物語」
出演:高田聖子 岡本玲 大滝寛
田中穂先 章平 堀元宗一朗 笹野美由紀 伊海実紗
亀田佳明

【プログラム E】
デカローグ9「ある孤独に関する物語」
出演:伊達暁 万里紗 宮崎秋人
笠井日向 鈴木将一朗 松本亮 石母田史朗
亀田佳明

デカローグ10「ある希望に関する物語」
出演:竪山隼太 石母田史朗
鈴木将一朗 松本亮 伊達暁 宮崎秋人 笠井日向 万里紗
亀田佳明

2024年6月22日(土)~7月15日(月・祝)
会場:東京・新国立劇場 小劇場

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2449609

公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/play/dekalog/

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