「ツール・ド・北海道」死亡事故を目の当たりにした選手がレースを続ける決意「こんなすばらしい競技を辞めるわけにはいかない」

去年9月、自転車ロードレース「ツール・ド・北海道」で、反対車線を走る乗用車と選手が衝突し死亡しました。
この事故を目の当たりにし、競技を続けるか悩んだ札幌の選手。
困難を乗り越え、大会に出場する姿に密着しました。

急こう配を駆け上がるのはロードレーサーの島野翔汰さん23歳。
8.5キロの登り坂をひたすら走り続けます。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「自己ベストより遅いですけど、悪くないです。気持ちいいですね」

島野さんは、長野県のプロチームに所属しながらも、札幌市を拠点に活動しています。
目標は、6月に行われる「ニセコクラシック」という、国際競技団体公認の大会での総合優勝です。

朝から一転、昼になると仕事が始まります。
アスリートとして大会に出場しつつも、札幌の不動産会社に勤めています。
入社は、ロードレーサーとしての活動がきっかけでした。

恒志堂 佐藤元春代表取締役
「ママチャリレースに助っ人として参戦してくれた。初対面なのにコミュニケーションも取れるし、気配りもあったので、ビジネスパーソンとして活躍できるなと。体調を整えて、けがなく、トップで帰ってきてほしい」

同棲している恋人の笠井玲那さん。
島野さんの大会での結果は気にしてないと言います。

笠井玲那さん(29)
「大会にたくさん出ていて、結果を残せたら残せたでうれしいけど、私からしたら結果はどうでもよくて、ただ(無事に)家に帰ってきてくれればいいかなと思っています」

笠井さんが無事を願うのには、ある理由があります。
去年9月、ツール・ド・北海道で起きた死亡事故。
島野さんは、亡くなった選手と同じ集団を走り、事故を目の当たりしました。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「レースが怖くなりました。コーナーの先に、いないと思っていたものがいて起きた事故なので、疑心暗鬼になって攻めきれない部分もありました。(事故現場と)似たようなコーナーを見るとよぎりますよね」

競技を続けるか悩んだ時期もありましたが…。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「自分の身の回りに支えてくれる人ができたのはなぜなんだと考えたときに、この競技を通じて全部手に入れたと思っているので、こんなすばらしい競技を辞めるわけにはいかないなと」

レースを続けることを決意した島野さん。しかし、ある困難が訪れます。

この日、札幌の病院に島野さんの姿がありました。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「緊急入院という形で3日ほど入院していました。めっちゃ痛いです」

この3日前、レース中にほかの選手の転倒に巻き込まれて大けがをしました。
目標とする大会まであと2週間。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「一番最悪なケースなんですけど、起きてしまったことはどうしようもないんで…」

退院からわずか2時間後、島野さんの姿はいつもの手稲山にありました。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「痛いし、事故で体がゆがんでいるというか、言葉で言い表せない、よくない感じがあるんですけど、思った以上に走れてよかったです。目標は変わらず優勝です」

そしていよいよ…大会当日を迎えます。
国際的な自転車競技大会、ニセコクラシック当日。
恋人の笠井さんも、応援に駆け付けました。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「緊張してるからいつもより心拍数高いです」

死亡事故の影響もあり、今年のニセコクラシックでは、ほぼ全てのコースが両方向通行止めとなりました。
150キロのロードレースがスタート。
400人が競う中、レース序盤から中盤にかけて、常に先頭集団に位置付ける島野さん。
終盤には、トップと1分以上の差をあけられますが…。

レース開始からおよそ3時間45分。島野さんを含めた10人ほどの集団が、いよいよラストスパートの400メートルの登り坂に。

結果は総合3位。1位との差は、わずか5秒でした。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「目標は優勝だったので、悔しいですね。優勝者の背中が見えたのがなおさら悔しい」

笠井玲那さん
「悔しいと思うんですけど、まだこのあとあるので、楽しんでほしい」

しかし、島野さんは19歳から34歳までの年代別の部門では見事優勝。
若きライバルたちとの戦いを制しました。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「今日は(死亡事故は)一切頭によぎることなく、自分の走りに集中できました。克服できたかなと思います」

これからの抱負については…。

プロロードレーサー 島野翔汰さん(23)
「マイナースポーツは経済的に厳しい部分もあるので、競技と仕事を両立しながらやっていける姿を見せていくことは、いろんな人の自信につながると思うので、そこの両立を目指して、変わらずやっていきたいと思います」

死亡事故が起きたツール・ド・北海道は今年の大会は中止となりました。
有識者による安全対策が検討されていて、交通量が少ない道路では両側を自転車が通行できるようにすること、警備体制の強化などが、話し合われています。

ニセコでは、2026年8月に、ロードレースの世界最高峰の大会「グランフォンド世界選手権」の開催が決まりました。
アジア圏として、初の開催です。
島野さんは北海道代表としての出場を目指しています。

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