蓮舫氏の二重国籍疑惑問題。すべては2016年の東京都知事選から始まった

2016年、メディアで話題となった蓮舫氏の二重国籍疑惑。これらはすべて都知事選出馬情報から始まり、政治的な偶然の積み重ねのなかで浮上したものだった。そして2024年、再び蓮舫氏が都知事選への出馬を決めた。日本のウェブ編集者で言論サイト『アゴラ』編集長を担当、現在は株式会社ソーシャルラボ代表取締役の新田哲史氏が、二重国籍疑惑が判明した経緯を解説。

※本記事は2016年刊、新田哲史:著『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた? -初の女性首相候補、ネット世論で分かれた明暗- 』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋編集したものです。

政治的な偶然で浮上した蓮舫氏の二重国籍疑惑

最初の偶然とは、民進党代表選から遡ること3か月。舛添要一氏の東京都知事辞任だ。二代前の石原慎太郎氏が2012年秋、国政転出を理由に任期途中で辞職。後継の猪瀬直樹氏も就任からわずか1年で、金銭スキャンダルで辞任を余儀なくされ、都民の誰もが全く想定外の、5年間で3度も都知事選が行われる異常事態となった。

このとき、有力候補として真っ先に名前が挙がった一人が蓮舫氏だった。折しも、出直し都知事選の直前に、彼女は3選をかけた参議院選挙が控えていた。

「仕分けの女王」として定着した国民的な人気から、東京選挙区でのトップ当選が確実視されており、このまま再選するよりも、首都のリーダーとしてステップアップというシナリオは十分に考えられた。

私もその時点では、民進党が将来的に政権奪還を目指すうえで、蓮舫氏の都知事への転身は悪い話ではないと思った。

当時もアゴラで書いたが、民進党が国民の信頼を取り戻せない最大の理由は、政権担当能力の欠如だ。しかし、国政の雛形である都政(当時の予算規模は、スウェーデンなどの中堅国に匹敵する13兆円)で“蓮舫知事”が成果を残すことができれば、首相候補になる。そうなれば、彼女の国政復帰とともに政権再交代への待望論もありうる。

だがこの頃、八幡和郎氏は全く違う視点から、蓮舫氏の動向を見ていた。

「帰化した外国人やその子孫、あるいは外国人の配偶者や縁者を持つ日本人が、政治家になることには否定的ではない」としながらも、「一国の首都のリーダーとなるなら、帰化した先の国への忠誠心をきちんと示すべきではないか」と。

八幡氏が蓮舫氏に「不信感」を抱いていたのは、彼女が、父親の出身地・台湾というルーツに対し執着心すら感じさせる強い言動をする一方で、日本へのロイヤリティー(忠誠心)に関しては一抹の不安が絶えなかったからだ。

その典型例が、苗字を使わず「蓮舫」の名で政治活動を続けていること。

好意的に見れば、タレント時代からの通称をそのまま使っているとみることもできるし、選挙制度でも「本名に代わるものとして広く通用している」名称の使用を届け出て、選挙長に認められれば問題はない。

お笑い芸人出身で、参議院議員、大阪府知事を歴任した故・横山ノック氏(本名・山田勇)が代表例だ。逆に、そのまんま東氏(本名・東国原英夫)のように、政治家転身後は本名で活動するケースもある。

ところが、蓮舫氏のTwitterのアカウントでは「@renho_sha」、つまり「謝蓮舫」を使用している。彼女は20代半ばでフリージャーナリストの村田信之氏と結婚しており、Twitterで苗字を使うなら、なぜ「@renho_murata」でないのか、私自身も疑惑が浮上する以前から不思議には思っていたところだった。

また、村田氏とのあいだに生まれた双子についても、中国風の名前をつけている。そのこと自体は、彼女自身が「名前は個人のアイデンティティ」(2016年9月9日、ヤフーニュース)という価値観で決めたものだから、とやかく言うものではない。ただし、彼女が父親のルーツをなに大事にする余り、保守的な人たちから疑念を持たれる材料になっているのも事実だった。

蓮舫氏の都知事選出馬について、民進党内からも一部で待望論があったが、本人は参院選告示前にした末に「私の(突き破るべき)ガラスの天井は国政にある」と記者会見で表明し、参院選出馬を選択。

東京選挙区で2期連続のトップ当選を果たした。そして、参院3期目となった蓮舫氏がステップアップの道に選んだのは、民進党トップ、つまり野党第一党党首の座だった。

参院選の投開票から20日、都知事選の最終日である7月30日に、岡田克也代表が記者会見で「一区切りをつけて新しい人に担っていただいた方が党にとっても、日本の政治、政権交代可能な政治をつくるという意味でも望ましい」と述べ、次期選挙に出馬しない意向を表明。

「ポスト岡田」を巡る党内の動きが慌ただしくなり、蓮舫氏は8月5日、代表選への出馬をいち早く表明し、はやくも独走状態に入った。

八幡氏がアゴラで問題提起を始めたのは、その直後だった。9月13日の記者会見まで累計28本にもなったアゴラへの投稿で、最初のエントリーとなったのが「台湾から帰化した蓮舫が首相になれる条件」(8月11日)。

「民進党の代表選挙は蓮舫氏の独走状態のようだ。しかし、閉鎖的といわれる日本人が、野党第一党の党首に台湾から帰化した女性を選び、有力な首相候補とするとは、ずいぶんと大胆なことだと思う」という、やや挑発的な書き出しで始まる記事で提起した問題意識は、この一文に集約される。

「国籍の経緯について、国会議員や国務大臣を経験しても明確に説明することを求められないのは、日本もまことに不思議な国だ。また、日本国家に対する忠誠を誓ったり、尖閣問題のような両国間の問題について、見解を厳しく問われないのも信じられない」

外国との関係はオープンにするのが国際的常識

そうした八幡氏の問題意識に対し、主にリベラルと呼ばれる政治的立場の人たちからは「多重国籍を認めない日本の国籍制度のほうが世界的に遅れている」と異論を唱えられることが多い。

そのなかには八幡氏、そして後に論陣に加わった池田信夫や私たちに対しても「ガラパゴス的な価値観で差別的だ」などと言いがかりをつける論者もいたが、全くの失当だ。

そもそも、八幡氏は通産省時代の30歳前後、フランス随一のエリート官僚養成機関で知られる国立行政学院(ENA)に留学したのを皮切りに、パリ・ジェトロでの在外勤務も経験。退官4年前には、通商政策局の北東アジア課長を務めた、霞が関きっての「グローバル人材」だ。

フランスは世界各地に植民地を抱えた歴史があり、移民国家だ。著名な政治家のルーツも実に多様だ。八幡氏も最初の記事で書いているように、サルコジ前大統領はハンガリーからの移民とユダヤ系ギリシャ人を両親に持ち、バラデュール元首相はアルメニア、ベレゴボワ元首相はウクライナからの移民をルーツに持つ。

ジスカールデスタン元大統領はフランス人を両親に持ちながらもドイツ生まれ。親独的な姿勢だったため、「ドイツ生まれの大統領」とされていたことは、私自身も、八幡氏の記事で勉強した。

八幡氏は80年代から、そうした多民族国家での政治状況をつぶさに見て、政治家の国籍問題に関心を持って考察してきた筋金入りなのだ。

ペルーのフジモリ元大統領は亡命中に日本との二重国籍が判明し、ペルー国内で「大統領在任中に二重国籍であることを隠していた」という批判にさらされたことが、のちの復権失敗と入獄につながった。そうした経緯を見ても、「外国との関係は、オープンにするのが国際的常識で、それを隠してよいことにしているから疑心暗鬼が広まっている」と言える。

ただし、8月中旬の時点では、蓮舫氏と国籍の関係については明確に疑惑として位置づけていたわけではなかった。

この間も関連記事の投稿は続いていたが、あくまで野党第一党党首、つまり総選挙の結果次第では総理候補となることへの「適格性」を多角的に問う内容だった。

例えば、台湾も領土権を主張している尖閣諸島で、仮に中国などに軍事行動を仕掛けられた場合、毅然とした対応をできるのか、といった疑問だ。タレント時代の蓮舫氏のセクシー写真のことが蒸し返される可能性から「宰相の品格」を問うた記事には、さすがの私も少々引いてしまったが(苦笑)、事態が緊迫したのは下旬になってからだった。

八幡氏は連日投稿し、蓮舫氏の経歴を振り返るなかで、ある疑念に突き当たった。「二重国籍になっているままではないのか」と……。

蓮舫氏が日本国籍を取得した経緯を改めて振り返ろう。1976年、台湾人の貿易商、謝哲信氏と日本人の母、斉藤桂子氏とのあいだに生まれた時点では、中華民国籍だった。これは父系血統主義を採っていた、当時の国籍制度によるもの。

しかし、男女間の差別を解消する観点から、1985年の改正国籍法施行により父母両系血統主義を採ることになり、その年、17歳だった蓮舫氏は日本国籍を取得し、台湾との二重国籍になった。

日本の国籍法では、20歳未満で二重国籍になった人は、22歳までのあいだに日本籍、もしくは外国籍にするかを選択しなければならない。日本籍を選んだ場合、手続きはふたつあり、1.外国籍を離脱した証明書を役所に届け出る(戸籍法106条)、2.日本籍の選択届を出す(同法104条の2)のいずれかになる。

罰則こそないが、22歳までに選択手続きをしないと、法務大臣から文書による催告がされ、その期限までにもなお手続きをしない場合は日本籍を失う、と決められている(国籍法15条)。

ところが、制度や手続きが煩雑だったり、あるいはブラジルなどのように国籍の離脱を認めていない国もあったりして、この手続きをなおざりにしている人が、日本国内には推計で40~50万はいるとも言われている。

そうした実態を踏まえ、八幡氏はますます疑念を深めた。アゴラとの掛け持ちで『夕刊フジ』でも連載しており、蓮舫氏の日本へのロイヤリティーを問いかける記事を載せるにあたり、同紙編集部が蓮舫事務所に見解を求めたのだ。

八幡氏によると、事務所側は当時、「確認する」と取材には応じたものの、その後、編集部が決めた期限までに要領を得た回答がなされなかったという。

この時点で「黒に限りなく近いグレー」の心象を得た八幡氏は、アゴラで勝負に出る。それが8月29日にエントリーされた「蓮舫にまさかの二重国籍疑惑」だ。

念のため付言しておくと、この時点では八幡氏も私たちも「蓮舫氏が二重国籍である」と断定はしていない。タイトルはエッジを少々効かせたものの、記事にもあるように3つの可能性、つまり1.法令に従い中華民国籍を放棄した。2.しばらく放っておいたが、どこかの時点で手続きをした。3.今も違法な二重国籍状態を指摘することが趣旨だった。

大手の新聞やテレビでは、できれば物的な証拠も含めて確証を得てからでないと、報じることはない。夕刊フジや週刊誌では、もう少しハードルが低いかもしれないが、状況証拠がほぼ揃い、なおかつ名誉毀損の要件が成立しないギリギリの打開点で掲載するのも、良きにつけ悪しきにつけ、ネットメディアの特性でもあろう。

ともあれ、この勝負記事は大変な反響を得た。アクセス数にしてアゴラ本体だけで30万ページビュー(PV)、転載先のヤフーニュースのPVは200万を超えた。普段のアゴラで最も読まれる記事でも1日単位では数万程度だから桁が違う。

Facebookのシェア数を示す「いいね!」も1万を超え、これも平時のトップ記事のシェア数が数百程度だから、いかに異例中の異例だったかがわかる。

ただ、それでもなお、正直なところ、その時点では、この疑惑が民進党の代表選挙に影を落とし続け、国会の審議にまで発展するとは思ってもみなかったのだった。

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