【叡王戦】〝藤井曲線〟からの逆転劇!粘る藤井聡太叡王を振り切った伊藤匠七段のバランス感

藤井聡太八冠(左)を下した伊藤匠七段

藤井聡太八冠に伊藤匠七段が挑戦する第9期叡王戦第5局が20日、山梨県甲府市の常磐ホテルで行われ156手まで藤井八冠が投了して、伊藤匠七段が勝利。シリーズを3勝2敗で制し、伊藤七段は自身初となる「叡王」のタイトルを手にした。これにより、藤井八冠は初のタイトル戦敗北、昨年10月11日に達成した全冠制覇から8か月と10日で「藤井一強」時代に一つの区切りを迎えた。

初のタイトル奪取となった伊藤匠七段は藤井八冠と同い年の21歳。どちらも若い頃から将棋ソフトと相対し、実力を付けてきたいわゆる「AIネイティブ」世代。本シリーズ開幕前まで、藤井八冠との戦績は0勝10敗1分。他の棋士に対しては好成績を収めるも、藤井八冠には歯が立たない時期が続いていた。

しかし、本シリーズでは初戦を落とした後に2連勝し、藤井八冠をカド番まで追い詰め、乱世への変わり目となるか、注目を集めた。

叡王戦はすべての局でAI研究が最も進んでいるとされる戦型「角換わり」で進行していった。この角換わりという戦型は、序盤の早い段階で互いの角を持ち駒としながら自陣の駒組を行う戦型で、相手から自陣への角の打ち込みをケアしながら進行するため、複雑な分岐が多く、難解な中盤戦を迎える傾向にある。

AIの示す最善手をお互いに追いかけた結果、先後同型(=お互いに完全に同じ駒組みになること)や千日手、持将棋(引き分け)となるケースも少なくない中、第5局では序盤に藤井八冠がディフェンシブな穴熊、伊藤七段がバランス型の右玉を選択し、互いに主張し合う形。まさに竜虎相搏の模様となった。

中盤に入ると、バランス型を選択した伊藤の陣形をとがめるように、藤井八冠は伊藤七段の玉の周辺で戦いを起こす。伊藤七段の玉は一見すると危うい中段で、藤井八冠の攻撃を紙一重かわしながら進行。攻めている藤井八冠が徐々にリードを広げていく、いわゆる「藤井曲線」態勢となり、いつものように藤井八冠がこのまま押し切るかと思われた。

しかし、中盤から終盤に差し掛かるあたりで、藤井八冠の攻めにかげりが…。AI評価値上では有利だが、優勢を維持するためには、あまりにも難しい選択を連続で迫られる局面となった。持ち時間を大量に消費させられ、最善手を継続することが難しくなってきた。藤井八冠の持ち時間が尽きるころに伊藤七段は30分弱の持ち時間を残しており、ついには評価値もほぼ互角まで戻った。

ここから伊藤七段の反撃が始まった。複数の駒がぶつかり合い、互いに無数の選択肢がある中、間違えれば即敗北というスリリングな状況で、互いに1分将棋に突入。追い詰められた藤井八冠は、なんとか勝負にアヤを求めて粘るも、正確な対応を続ける伊藤七段にすべてを受け止められ、156手まで投了、伊藤七段の勝利で幕を閉じた。

伊藤七段はシリーズを通して藤井八冠が最も得意としてきた中終盤戦を正面から受けて立ち、複雑な局面の読み合いでしっかりと勝ちきった。名実ともに藤井七冠の「ライバル」として、伊藤七段が今後の将棋界をますます盛り上げてくれるだろう。

© 株式会社東京スポーツ新聞社