〝藤井聡太からタイトルを奪った男〟伊藤匠新叡王 おちゃめ師匠の教えと「もっと早く取れた」の声

師匠の宮田利男八段(左)と伊藤匠新叡王

〝藤井一強〟時代にピリオド! 将棋第9期叡王戦五番勝負第5局が20日に山梨県で行われ、伊藤匠七段(21)が藤井聡太叡王に勝利。シリーズを3勝2敗で制し、見事自身初のタイトルを手にした。師匠の宮田八段ら伊藤七段を知る人がその素顔を明かした。

藤井八冠が初めてタイトル戦で敗北した。昨年10月11日に全冠制覇してから8か月と10日、くしくも同い年の伊藤七段が藤井から「叡王」のタイトルを実力で奪い取った。

伊藤新叡王は藤井七冠と同い年の21歳。宮田利男八段が経営する三軒茶屋将棋倶楽部で腕を磨き、2020年にプロ入りした。藤井七冠とは12年の第9回全国小学生将棋大会の準決勝で対戦。勝利を収めているが、プロでの対戦成績は本シリーズ前まで0勝10敗1分けと苦汁を飲まされてきた。

ところが叡王戦では初戦を落とした後に2連勝して藤井七冠をカド番まで追い詰めた。第5局も中盤までは藤井ペースで進んだように見えたが、持ち時間が逆転したところから伊藤が冷静に反撃し、しっかりと勝ち切った。

大仕事を成し遂げたが本人はいたって冷静だ。感想戦では「タイトル戦ではずっと苦しい将棋が続いていたので、一つ結果を出せたのは良かったと思います」と控えめに喜びを語った。

その謙虚な姿に、恩師の宮田八段も喜びつつ「もっと正直にわーっとしゃべってもいいのになと思いますけどね」とインタビュー対応へのアドバイス。宮田八段いわく、口数の少ない、普段から寡黙で真面目な青年だという。宮田八段は、自身の経験から愛弟子たちに「酒とギャンブルは25歳までやらないように」と教えているが、伊藤新叡王は心配いらずだ。「彼に言ってるわけではないんです。周りの先輩たちに言っているだけなんです。『飲ますなよ』って。あの男なら何も言わなくてもこれからもっともっと精進してくれると思いますよ」

宮田八段の行きつけで、12年以上の付き合いがあるラーメン店「中華そば瀧井」の店主も、伊藤新叡王を静かで真面目な青年だと語る。「あまり話さない子だからね。師匠が何回も連れてくるけど、中華そば食べてじっとしてるよ。斎藤(明日斗五段)はずっとしゃべってるけどね。匠君はあの年で変に大人だよね。酒とギャンブルは当然、女の子の話も聞かないし、ほんとに落ち着いてるよ」

伊藤新叡王は、師匠がふざけて振った話にも「はい」と短く簡潔にうなずくという。酒とギャンブルが大好き、インタビューにもギャグを挟んでくる陽気でおちゃめな師匠とは実に対照的だ。「だから、師匠が良ければもっと早くタイトル取れたんだってみんな言ってるよ(笑い)。だって小学生の時点で藤井君に勝ってたんだから。だけど、ついてる師匠があんなだからさ」と同店主は笑った。

小学生以降、初めて捉えた藤井七冠の背中。叡王タイトル獲得で名実ともに藤井七冠のライバルになったといえるだろう。若いころから将棋ソフトと相対し、実力を磨いてきた〝AIネイティブ〟世代の2人がますます将棋界を盛り上げる。

© 株式会社東京スポーツ新聞社