PSYCHIC FEVERが持つグローバルヒットのポテンシャル アジアでの功績、R&Bマナーから紐解く

■キャッチーな中毒ナンバーのありがたみを感じたデビューイベント

忘れもしない。前日夜、某テレビ局にいた僕は一本の電話を受け、2019年結成のダンス&ボーカルグループ PSYCHIC FEVERのデビュー記念イベントが、翌日(2022年7月13日)に開催されることを知った。天気予報は、生憎の雨。翌日、会場であるアーバンドック ららぽーと豊洲に向かうと、予報通り、イベントは小雨スタートだった。ステージを傘を差した聴衆が見守る中、メンバー7人が急遽披露したプレデビューシングル曲「Hotline」に思わず心を掴まれた。ややトラップ系のイントロかなと匂わせつつ、サビのメロディはガツンとストレートに提示してくる。聴衆の身体はビートにノッて自然と横に動き出し、傘と傘がグルーヴィに揺れ合う。2020年代にここまでキャッチーなサビをフックとする、ストレートなR&Bフレイバーの楽曲があるんだな。しかも日本で……。

感心してる場合じゃない。実はこの曲、僕はすでに耳にしていた。遡ること、3カ月前。三代目 J SOUL BROTHERS(以下、三代目JSB)のボーカル ØMIのソロアリーナツアー『ØMI LIVE TOUR 2022 “ANSWER…”』ファイナル公演(4月28日)のオープニングライブにデビュー目前のPSYCHIC FEVERが登場し(ツアーの全公演にも帯同)、ラストナンバーに「Hotline」を歌っていた。以前からØMIが好きなアーティストに挙げていたポスト・マローンの「I Like You (A Happier Song) feat. Doja Cat」みたいな中毒性。もっと言うとØMIとともにツインボーカルを担当する今市隆二のシングル曲「辛」にも通じる。あるいはマヘリアがモンテル・ジョーダンの「Get It On Tonite」を元ネタにした「Whenever You’re Ready」が、PSYCHIC FEVERデビュー前年にリリースされていたことを思い出したり。米R&Bシーンではトラップ以降、キャッチーさをフックにするナンバーが極端に減った。トラップ特有のモヤっとしたサウンドが尾を引く中、ここ最近では、SZA「Kill Bill」やBJ・ザ・シカゴ・キッドがココ・ジョーンズを迎えた「Spend The Night」など、メロディアスなナンバーに出会うだけでなんだかありがたくなる。

現行シーンで、キャッチーなR&Bが聴きたいなら、(それこそイギリス人のマヘリアなど)UKソウルに傾聴するしかないかと諦めかけていた矢先、まさか豊洲で、日本の新人グループが清々しいまでにメロディアスで、キャッチーな中毒性を注入してくれるとは思わず、ありがたみを感じずにはいられなかった。三代目JSBのパフォーマー ELLYも駆けつけ、ステージを温めたイベント直後から土砂降りになる、そのやり切った感は、ここから世界へ向けて発進していこうとするPSYCHIC FEVERの完全燃焼を意味していたのではないだろうか?

■グローバルなチャートアクション LDHの指針を象徴する躍進

実際、デビュー時から米ビルボード「グローバルチャート1位」という目標を掲げ、公言している。言行一致の努力が身を結んだのは、コロナ禍でオンライン上での武者修行を余儀なくされたものの、「Hotline」がTikTok上でダンスチャレンジ曲としてZ世代の感覚を刺激したこと。さらに、SNS主導の戦略は今年になって大輪の花を咲かせる。1月19日にリリースしたデジタルEP『99.9 Psychic Radio』のリードトラック「Just Like Dat feat. JP THE WAVY」がバイラルヒットしたのだ。MV再生回数は1460万回以上(6月21日現在)。「Hotline」同様にダンスチャレンジ曲としてもバズったTikTok上での総再生回数は1億回を突破した。EP全体のプロデュースを手がけたのは、ラッパーのJP THE WAVY。「Hotline」のリミックスにも参加し客演したJP THE WAVYは、自身の楽曲「Cho Wavy De Gomenne Remix feat.SALU」を世界的にバイラルヒットさせた手腕の持ち主で、近年はGENERATIONSの楽曲プロデュースも手掛けている。「Just Like Dat feat. JP THE WAVY」の控えめながら明確にエモーショナルでもあるサビは、これまたTikTok上での話題性から世に出てきたUK発の新鋭R&B男性グループ No Guidnceと拮抗できるだけの魅力があると僕は思っている。

Spotifyバイラルチャートでは、初登場4位、その後、首位に躍り出たマレーシアを発火点に、シンガポールやフィリピン、タイなどのアジア各国で健闘した。日本のチャートでは、TikTokとSpotify共同の「Buzz Tracker」第24弾アーティストにLDHアーティストとして初めて選出され、同プレイリストで「Just Like Dat feat. JP THE WAVY」がプッシュされたことで、バイラルチャート最高位12位に位置づけた。グローバルなチャートアクションを展開するからには、日本を含めたアジア圏ほぼ全域のチャートで結果を出すことが先決。むしろ日本では逆輸入的ヒットでもいい。事実、PSYCHIC FEVERは、デビューの翌月から2023年1月まで拠点をタイに移し、異国での武者修行に奔走した。2023年2月にタイのダンス&ボーカルグループ DVIをフィーチャーした「To The Top feat. DVI」をリリースし、タイの主要チャートであるT-POPチャートで初登場7位を記録。12月には初の海外単独公演『PSYCHIC FEVER LIVE 2023 “P.C.F” in THAILAND』に漕ぎつけたが、背景には、10月にLDH社長へ復帰したEXILE HIROのストラテジーがある。

アメリカやオランダなど、これまでLDHは海外進出の準備を整えてきた。そこにコロナ禍だ。事業展開は一度白紙に戻さざるを得ず、HIRO社長復帰の前後でアジアからリスタートする方向へ舵を切った。さすがの英断だが、今年2月17日に放送された『アナザースカイ』(日本テレビ系)は、韓国のK-POPに対して追いつけ追い越せの勢いでT-POPの土壌を固めるタイを視察するHIROのドキュメントとして興味深かった。タイの音楽レーベル HIGH CLOUD ENTERTAINMENTとのパートナーシップを経て、BALLISTIK BOYZとPSYCHIC FEVERがその第1弾プロジェクトとして武者修行に送り出された。後見役となったのが、タイの有名ラッパーで、HIGH CLOUD ENTERTAINMENTの設立者でもあるF.HERO。『アナザースカイ』では、F.HEROとHIROが寿司屋で会食をする場面がある。さらに番組冒頭の「日本そのままのものを持ってきても現地の方に受け入れられるっていうのはすごく感じてます」という発言が象徴するように、今こそと商機を見たHIROの慧眼に裏打ちされてのPSYCHIC FEVERヒットのポテンシャルなのではないか。

■PSYCHIC FEVERのアンテナが「DOKONI」向くのか?

では、そうした肝煎りの武者修行以前/以後、あるいはその過程でサウンド面にどんなケミストリーが生じているのだろう? デビュー日にリリースされた1stアルバム『P.C.F』は、「Hotline」だけでなく「Best For You」や「Snow Candy」など、今時のチルな感覚とメロウネスをフレキシブルに行き来する、アルバム全体としては心地よい軽さを体現する音作りだったが、タイでの武者修行後の1st EP『PSYCHIC FILE I』では、ひと回り厚みを増して音そのものによる圧を感じる。『99.9 Psychic Radio』を挟んで2nd EP『PSYCHIC FILE Ⅱ』に収録されている「IGNITION」を聴くと、UKシンセポップ調の小宇宙的なサウンドが溢れ、『アナザースカイ』でHIROが視察したバンコク中央の新時代型の商業施設 EmSphereのクラブフロアにドンピシャのナンバーだなと思った。

同EP収録の「Pinky Swear」は、堀田茜主演のドラマ『好きなオトコと別れたい』(テレビ東京系)のエンディングテーマに起用された。音楽番組『BREAK OUT』(テレビ朝日系)の2022年7月度オープニング・トラックに「Choose One」が起用されて以来、楽曲タイアップを着実に重ねてきた彼らにとっては、念願の初ドラマタイアップ曲だ。ただし国内のタイアップ曲から国外へ飛躍する例の大半は、現状、アニメーション作品に限られている。『【推しの子】』(TOKYO MXほか)のオープニング主題歌であるYOASOBI「アイドル」が、日本語曲として初めて米ビルボード・グローバルチャートで1位に輝いたことは記憶に新しい。紛れもない快挙だが、注意が必要なのは米ビルボードが2020年に新設した2つのグローバルチャートのうち、YOASOBIが獲得したのは「Global Excl. U.S.」での1位であり、米国のデータを除いた(exclude)結果であること。アメリカを含む「Global 200」で日本語曲がどんなきっかけで1位になるかは当面の間はわからない。

その上で、PSYCHIC FEVERが今後どのように「グローバルチャート1位」を目指し得るのか。僕としては主に2つの楽曲が重要なポイントになると考えている。「IGNITION」の小宇宙的なサウンドの元を辿ると、『P.C.F』収録の「Spread The Wings」と共振し、〈無限の宇宙(ソラ)へ〉と高らかに歌い上げられる同曲のサビが初期のビジョンとして意欲的だ。示唆的だったのはトラックタイトルで、1990年に米R&Bチャートを制覇したナンバーであるTroopの「Spread My Wings」と(ワンワード違いの)同名曲だったこと。これはめでたい。同曲は、チャッキー・ブッカーによる提供曲だが、こうしてトラックタイトルから図らずも往年のR&Bナンバーへと接続される(偶然の)目配せは、この先のチャートアクションへの験担ぎにもなるだろう。

より具体的で実質的なアプローチとしては、『PSYCHIC FILE Ⅱ』のリードトラック「Love Fire」で打ち出されているY2Kトレンドに色濃い。アメリカのブロンクス出身のホットな注目ラッパー アイス・スパイスが、7月26日にドロップ予定のアルバムタイトルをズバリ『Y2K!』と銘打つくらいなのだから、現行R&Bシーンのトレンドに敏感なグループであることは、PSYCHIC FEVERにとって大きな加点になる。このままトレンドの波に乗り切れば、グローバルチャートの登頂も十分視野に入ってくるはず。「Just Like Dat feat. JP THE WAVY」が南アフリカのリスナーの反応を得ていることも見逃せない。『PSYCHIC FILE Ⅱ』のラストトラック「DOKONI」のタイトルにちなめば、PSYCHIC FEVERのアンテナが「DOKONI」に向くのかが、今後のグローバルなチャートアクションの鍵を握る気がする。

(文=加賀谷健)

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