なぜスペインは王者イタリアを圧倒できたのか。3つの局面で見る“完勝の理由”【コラム】

立ち上がりからスペインが一方的に押し込み、ほとんどの時間を敵陣で過ごしただけでなく、両手に余るほどの決定機を作り出し、前回王者イタリアを文字通り手も足も出ない状態に追いやった、完璧といっていい圧勝だった。

唯一物足りなさが残るとすれば、これだけ圧倒したにもかかわらず、リッカルド・カラフィオーリのオウンゴールによる1点だけしか得点を奪えなかったこと。これを「決定力不足」と呼ぶのは簡単だが、今回ばかりはむしろ、ファインセーブを連発したイタリアのGKジャンルイジ・ドンナルンマを讃えるべきだろう。

【動画】イタリアの痛恨オウンゴールでスペインが決勝点
スペインとイタリアは「ポゼッションとプレッシングを武器にボールと地域を支配し、主導権を握って試合を進める」という、まったく同一の戦術コンセプトを掲げている。その両チームが正面からぶつかり合った試合が、これだけ一方的な内容になった理由はどこにあるのか。

試合を通して最も際立っていた左ウイングのニコ・ウィリアムス対右SBジョバンニ・ディ・ロレンツォが象徴するように、攻防の鍵となるマッチアップにおいて、スペインが個のクオリティでイタリアを上回っていたことは確かだ。しかし真の勝因は、個のクオリティがもたらす質的優位を、きわめて効果的な形で戦術的優位に結びつけ、それによってイタリアを困難に陥れて精神的な優位までも手中に収めたことにある。

以下、スペインがいかにして質的優位を戦術的優位に結びつけたのか、3つの局面を取り上げて具体的に見ることにしよう。

(1)ビルドアップ

近年、相手のビルドアップに対してのハイプレスでは、前線からマンツーマンでプレッシャーをかけることで、パスの出し手と受け手の双方を消し、仕方なくGKに戻してロングボールを蹴るよう仕向けるやり方が一般的。しかしイタリアは、スペインの3トップ(ラミネ・ヤマル、アルバロ・モラタ、ニコ・ウィリアムス)のスピードを警戒してか、その3人に対して最終ラインに4バックを残すことで4対3の数的優位を保ち、その分前線では1人少ない人数でプレスをかけることを選んだ。

起点となる2CB(ロビン・ノルマン、エメリック・ラポルト)に対してCFジャンルカ・スカマッカとMFニコロ・バレッラがマンツーマンでプレッシャーをかけながら、背中でアンカーのロドリに対するパスコースを消すことによって、2人で3人をケアして数的不利をカバーする狙いだ。

しかしスペインは、GKウナイ・シモンもビルドアップに組み込むことで常に「プラス1」(実質的にはプラス2)の数的有利を保ち、ロドリかファビアン・ルイスのどちらかが、スカマッカ、バレッラの背後でフリーになってパスを受ける形を作り出した。際立ったゲームメイクのセンスと正確なパスワークを備えたこの2人がフリーで前を向けば、そこから先には様々な展開の可能性が拓ける。

そこにさらにもうひとりのMFペドリ、さらにはCFモラタまでが絡むことで、スペインはポゼッションによって中盤を完全に制圧、イタリアを守勢一方の状態に追い込んだ。

(2)1対1のデュエル

敵陣まで進出してポゼッションを確立したスペインは、ラスト30メートルの攻略では外の2レーンを使ったコンビネーションや1対1突破で仕掛ける場面が多かった。

とりわけ強力だったのが、左右のウイング(右ヤマル、左ニコ・ウィリアムス)によるドリブル突破。サイドにボールを展開する際には、両ウイングの背後から左右のサイドバック(右ダニエル・カルバハル、左マルク・ククレジャ)も積極的にサポートすることで敵のマークを分散させ、ウイングが1対1で突破を仕掛ける状況を作り出した。

決定的だったのは、すでに触れた左サイドでのニコ・ウィリアムスによる突破。開始からわずか1分20秒、最初の1対1でディ・ロレンツォを抜き去ってサイドをえぐると、ゴール正面に詰めたペドリにぴったり合わせたクロスを送り込み、この後何度も繰り返されることになる決定機創出の口火を切った。

前半にシュート9本(うち枠内4本)を放ちながら0-0で折り返した後半も、55分にまたもやディ・ロレンツォをかわして縦に抜け出すと最終ラインとGKの間に低く早いクロスを折り返し、これがカラフィオーリに当たって決勝点となるオウンゴール。さらに70分には、ペナルティエリア左角から今度は内に切れ込んで右足でファーポスト際に強力なミドルシュートを撃ち込んだが、惜しくもクロスバーに弾かれてゴールにはならなかった。

(3)プレッシング

イタリアがまったく何もさせてもらえなかったのは、自陣でようやくボールを奪い返してもスペインの素早く激しいカウンタープレスに遭って、落ち着いてつなぐための時間とスペースを得られず、ロングボールに逃げたり、簡単なパスをミスしてすぐにボールを失い、再び守勢に回る展開が繰り返されたから。

スペインは攻撃時には常に最終ラインを高く押し上げて陣形をコンパクトに保ち、ボールロスト時には迅速な切り替えからボールホルダーとその周辺にプレッシャーをかけるアグレッシブな振る舞いを徹底。イタリアにまったく余裕を与えなかった。

さらにイタリアのビルドアップに対しても、前線からマンツーマンでハイプレスを仕掛け、コンパクトな陣形をボールサイドにぎゅっと圧縮させてパスルートを完全に遮断。10人のフィールドプレーヤーがピッチの片側に固まる場面も珍しくなかった。

そこから逆サイドへの展開を許せば一気にカウンターアタックを喫する可能性も高いハイリスクな戦術だが、サイドチェンジを蹴る時間とスペースすらも与えない強度の高さでボールにプレッシャーをかけ続け、イタリアに焦りと困難からのパスミスを繰り返させた。

文●片野道郎

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