「ムカデにかまれて大変なことに。僕が弟で…」”替え玉保険金殺人事件”の裁判 自身の弟になりすました通報内容が明らかに “身代わり”に大学生を殺害した罪に問われ

広島県廿日市市のホテルで男子大学生に注射器でアルコールを摂取させ殺害した罪などに問われている男の裁判員裁判。18日から広島地裁で始まった裁判で、検察側は動機について「保険金を得るために替え玉だった」と指摘しました。裁判では事件当時の状況が、通報の記録や証人尋問などから徐々に明らかになっていきました。

殺人の罪などに問われているのは、広島市西区の職業訓練生・南波大祐被告(33)です。

事件は2021年11月に起こりました。愛知県の大学生・安藤魁人さん(当時21)が廿日市市内のホテルから病院に搬送され、その後、死亡しました。

南波被告は22年8月に殺人の疑いで逮捕。その後起訴され、迎えた初公判。あごひげを伸ばした姿で法廷に現れました。

裁判長から本人確認や職業などを問われると、弱々しく小さな声で答えました。元々、ホストをしていたことがあるという南波被告ですが、その面影はありませんでした。

起訴状などによりますと、南波被告は安藤さんに4種類の睡眠導入剤をひそかに混入させるなどした飲食物を摂取させ、廿日市市のホテルに連れ込み、注射器でアルコールを摂取させて意識障害を生じさせ、吐しゃ物の誤嚥による窒息で殺害したとされています。

裁判長から起訴内容を問われると、数秒の沈黙のあと…。

「すべて黙秘いたします」

一方、弁護側は南波被告がひそかに安藤さんに睡眠導入剤を摂取させたことなどは認めつつ、被告による殺人が立証できるのかなどを争う姿勢を見せました。

「僕が弟です…」自身の弟を名乗る南波被告の119番通報の記録

裁判で検察側は、殺人の動機などについて、明らかにしていきました。検察によりますと、南波被告は加入していた生命保険を上乗せすることで、自身に総額5億5000万円以上の保険金をかけていました。その受取人を弟にしていたといいます。その上で…。

検察側
「”本物”の南波大祐が死ぬのではなく、『替え玉』つまり”ニセモノ”の南波大祐を仕立て上げて殺すことにした」

南波被告と安藤さんは21年2月、愛知県で出会いました。安藤さんが熱心に活動していた団体の勧誘で、南波被告に声をかけたことがきっかけだったといいます。

検察側は事件の半年ほど前からインターネットで「保険金殺人」などと検索するようになったとし、安藤さんを“替え玉”にしたと指摘しました。

裁判では、検察側の証拠調べで、当時の南波被告の119番通報の記録が明かされました。

検察側から示された記録によりますと、21年11月22日午前0時すぎ、南波被告は廿日市市のホテルから119番通報しました。

消防からの問いかけに、南波被告は「窓を開けたらムカデが入ってきて、2人ともさされて、1人が大変なことになっています。まったく意識がなくて呼びかけに反応しない」などと伝えていました。

救急隊の到着まで、心臓マッサージをするよう言われると「やってみます」と、やり方について指示を受けていました。

傷病者との関係を問われ、南波被告が伝えた言葉は…。

「兄弟。僕が弟」

消防隊員「傷病者のものとして見せてもらった保険証には南波大祐と書かれていた」

通報を受けてホテルに駆けつけた消防隊員が証人として出廷し、当時の状況について話しました。

【検察側】
─ホテルの部屋に入ったときの2人の状態は?
「床に倒れている傷病者と、傍らにスマホを置いて心臓マッサージしている被告がいた」
─収容表には誰の名前が書かれていた?
「倒れた人。南波大祐と書いてあった」
─救急車の中であなたは何を?
「被告から傷病者との関係性などを聞いた」
─被告はどう説明した?
「兄弟であるという説明をされた」
─身分証明書関係で何か見たか?
「保険証を見せてもらった」
─誰のものを?
「傷病者の方の保険証を見せてもらった」
─そこに書かれていたのは誰の名前だった?
「南波大祐と書いてあった」

【弁護側】
─部屋には何人で入った?
「6人で」
─室内のアルコール臭さは?
「なかったと思う」
─衣服は濡れていた?
「特にそのように感じなかった」
─ズボンや下着は?
「濡れている印象はなかった」
─お酒がかかっているなどは感じなかったということか?
「そう」
─隊員に心臓マッサージを引き継いだ後の被告人の様子は
「特に一般的で、うなだれているなという感じ」

南波被告の弟「ゲームをしていたら病院から電話が…」母「弟は太っているので別人と思う…」

検察側によりますと、南波被告は病院の職員に対しても、搬送された人を”南波大祐”、自身については”弟の名前”を伝えていたということです。

その後、弟になりすました南波被告が病院を立ち去ったため、看護師が過去のカルテにある電話番号に電話をすると、出たのは”本物の弟”でした。

南波被告の弟(供述調書によると)
「家で携帯ゲームをしていたところ、病院から電話があった。『お兄さんの命が危ないので戻ってきてください』などと、看護師に強い口調で言われた」

弟から連絡を受けた母親が病院に連絡し、看護師が事情を説明したところ、母親は「弟は太っているので、それは別人だと思う」と答えたということです。

そして、病院に駆けつけた母親らによって、搬送された人物が南波被告ではないことが発覚。警察の捜査の結果、愛知県で行方不明届が出ていた安藤さんであることが分かりました。

被害者の母「息子から『そんなことを言ってはダメ』と言われるかもしれないが…殺してやりたい」

裁判では、被害者の安藤魁人さんの母親の供述調書も読み上げられました。

安藤さんの母親(22年8月17日の供述調書によると)
「事件のことを聞きました。なぜ魁人がこんな目に遭わなければいけなかったのか。魁人は、犯人と会うのを本当に楽しみにしていました。家を出るときの魁人の笑顔が忘れられません。魁人の気持ちを踏みにじった犯人を許すことはできません。魁人は何も悪いことをしていないし、考えるほど犯人に腹がたちます」

そして、こう話したといいます。

安藤さんの母親(22年8月17日の供述調書によると)
「魁人は優しい子だから『そんなことを言ったらダメだ』と注意されるかもしれません。でも、言わせてください。

『犯人を殺してやりたい。同じ苦しみを味わわせてやりたい』

こんなことを考えていては、魁人は喜びません。本当の気持ちを胸に秘め、今は真実を明らかにして欲しいです。犯人は正直に話し、自分の罪を償って欲しいです」

裁判で行われた被告人質問でも、南波被告は「黙秘」を続け、事件当日の状況や自身の関与などについて、語ることはありませんでした。

裁判は25日に論告求刑と最終弁論が行われて結審し、判決は7月2日に言い渡されます。

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