中央線複々線化は動き出すか。JRに開業前加算運賃を解禁へ

政府が鉄道整備の加算運賃の適用範囲を拡大する方針を明らかにしました。新方針を受け、中央線複々線化など、懸案の鉄道プロジェクトは動き出すのでしょうか。

今後の都市鉄道整備の促進策のあり方に関する検討会

国土交通省の「今後の都市鉄道整備の促進策のあり方に関する検討会」は、2024年6月19日に、とりまとめとなる報告書を公表しました。「幅広い受益者による費用負担を通じた都市鉄道整備の促進」という副題が添えられています。

この検討会は、副題の通り、都市鉄道の整備について、事業費の受益者負担の拡大を検討するものです。人口減少などを背景に、鉄道事業者が大規模な設備投資に消極的になっていることを受けて設置されました。

積立金制度の難点

報告書でおもに議論されたのは、利用者負担の枠組みについてです。現在、都市鉄道整備の利用者負担としては、「特定都市鉄道整備積立金制度」と「新線建設に係る加算運賃制度」があります。

「積立金制度」は、複々線化などの輸送力増強や新線整備の際に、事業者の運営路線全線で運賃を上乗せできるものです。収受期間は工事開始後から10年以内で、開業前から運賃を上乗せできることが特徴です。

ただ、事業者の年間旅客運送収入額の同額以上の事業が対象なので、非常に大規模な事業に対象が限られるという難点があります。

加算運賃制度の難点

「加算運賃制度」は、新線区間の利用者に対し運賃を加算するものです。収受期間は開業から投資額の回収が終了するまでです。

事業規模の制限はありませんが、対象が新線建設に限られ、収受区間も新線区間に限定されます。また、開業後の回収なので、鉄道事業者にとって工事期間中の借り入れコストが高くなるという難点があります。

見直しの方向性

こうしたことから、検討会では、見直しの方向性として、次のように制度を変更する方針をとりまとめました。

まず、加算運賃について、利用者の利便性の向上につながる事業を対象に、幅広く設定できるようにします。具体的には、輸送力増強、大規模な駅改良、新線整備などが含まれます。事業規模は制限しません。

加算運賃が設定できる区間は、整備区間だけに限りません。受益すると認められる区間で広く設定できます。

収受期間は、工事開始後(供用開始前)から費用の回収が完了するまでとし、開業前からの加算運賃設定を可能にします。

JR本州3社で事前収受が可能に

気になるのは、報告書の方向性に沿って、新たな鉄道整備の制度ができた場合、具体的にどのようなプロジェクトが動き出す可能性があるか、ということでしょう。

最大のポイントと思われるのは、開業前の加算運賃設定がJR本州3社でも可能になる、という点です。これまでの開業前加算運賃(積立金制度)は、年間旅客運送収入額の同額以上の事業という制限があったため、旅客収入が1兆円規模に達するJR本州3社は、事実上対象外となっていました。

しかし、新制度では、この制限がなくなるため、最大手のJR東日本も開業前の加算運賃設定が可能になります。

しかも、収受範囲は「整備区間を現に利用することで受益する利用者」に限らず、「整備区間以外の区間を利用することで受益すると認められる利用者」に広がります。

となると、かなり広範囲で加算運賃を収受できるようになります。

中央線三鷹~立川間の複々線化

具体的な注目プロジェクトは、中央線三鷹~立川間の複々線化事業でしょう。交通政策審議会答申第198号に盛り込まれ、沿線自治体が強く要請してきたにもかかわらず、JR東日本が事業化に消極的なプロジェクトです。

この区間の複々線化が実現すれば、三鷹以西の中央線や、青梅線、五日市線利用者が、増発や定時性向上、速達性向上の恩恵を広く受けます。受益の範囲は広く、広範囲での加算運賃を、開業前に設定することができるでしょう。つまり、JR東日本の負担は軽くなります。

中央線三鷹~立川間の複々線化事業が進展しなかった理由は、JR東日本にとって、投資に見合う利益が期待できないことでした。新制度で事業者の負担が減り、資本費回収を早めることができるのであれば、定時性向上や速達性向上はJRの利益にもなるので、実現への可能性が高まるかもしれません。

東急田園都市線渋谷駅改良にも

新制度は、加算運賃の開業前収受を鉄道新線や複々線化に限っていないことも注目点です。新線以外のプロジェクトに使えますので、たとえばターミナル駅の改良にも適用できます。

私鉄ターミナル駅で、容量不足に苦しんでいる駅は少なくありません。たとえば、東急田園都市線渋谷駅は1面2線で折り返し列車の設定が難しいという課題があります。

この改良に、加算運賃を課すことができるようになります。渋谷駅の改良なら、田園都市線全線に受益の範囲が及びますので、全区間で供用開始前に加算運賃を設定することも制度上は可能になります。

開発者負担も盛り込む

報告書のもう一つのポイントは、開発者負担です。「地域や開発者等の多様な主体による費用負担について検討を行い、都市鉄道の開発利益の還元を検討することが重要」と記しています。

このとき、開発による受益者とは、沿線で都市開発を予定する不動産会社(デベロッパー)などを指します。要するに、デベロッパーにも鉄道整備の費用負担をしてもらおう、という考え方です。

例として、みなとみらい線建設時に、開発者(三菱重工、三菱地所、横浜市、都市基盤公団)が、事業費2500億円のうち500億円を負担したことを挙げています。

都心部・臨海地下鉄に適用可能?

みなとみらい線と同様の事例を考えるなら、たとえば都心部・臨海地域地下鉄(東京~有明・東京ビッグサイト)が開業すれば、東京臨海部の資産価値が大きく上がりますので、再開発を予定しているデベロッパーなどが、新線の建設費用の一定割合を負担するという考え方はあり得るでしょう。

また、小田急多摩線の相模原延伸や、埼玉高速鉄道線の岩槻延伸計画では、途中駅を設けてニュータウン開発をする予定です。そうした事業者に負担を求めることができるかもしれません。

ただ、開発者負担については、「プロジェクトごとに見込まれる受益の程度や範囲が異なると考えられることから、一律の制度化は難しい」とし、制度化は見送られる見通しです。

合意の上での負担なら、過去にもおこなわれています。報告書を読んでも、今後、何が変わるのかが明確ではありません。(鎌倉淳)

© 旅行総合研究所タビリス