【社説】国立大の授業料 値上げは進学機会奪う

 国立大の授業料値上げを巡る動きが目立ってきた。中教審の特別部会が年度内にも答申を出す見通しで、東京大や広島大が既に値上げの是非を検討しているという。

 国立大は私立大に比べ、授業料を比較的安く抑えることで、低所得世帯の子どもにも高等教育を受ける機会を提供してきた。大都市圏に比べて地方は所得水準が低い。それでも地元に国立大が存在することで自宅から通え、安い授業料で学ぶ機会が一定に確保されてきた。

 その役割を軽視してはなるまい。学生や家族を苦境に追い込む値上げには慎重であるべきだ。

 国立大の授業料は、文部科学省が省令で標準額を年53万5800円と定めている。標準額の2割までは増額できるが2019年以降、引き上げたのは東京工業大や一橋大など7校だけ。多くが標準額を20年近く維持してきた。

 広島大の越智光夫学長は先月の会見で「人件費や光熱費が増え、何とかやっている状況」と述べた。教育や研究の質を担保し、物価高対策や教職員の待遇改善を迫られる厳しい運営状況は理解できる。

 ただ、その穴埋めを授業料に求めるのはどうか。国から国立大へ渡される運営費交付金はこの20年間で13%計1631億円も削減されている。国立大の運営難はいわば国策が招いた結果ではないか。

 経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日本の高等教育への公費負担は国内総生産(GDP)の0・5%で、加盟38カ国平均の半分しかない。逆に家計負担の割合は加盟国平均の2倍にもなっている。政府が教育に投資しない姿勢をまず改めることが求められよう。

 値上げの論議は、伊藤公平慶応義塾長が3月の中教審の特別部会で「国立大の授業料を150万円程度に」と提言したことも呼び水になった。国立大の授業料を私立大の水準に近づけ、公平な競争環境を整えることで大学教育の質を高めるのが狙いだという。自民党も値上げを促す提言を発表している。

 しかし、それは経営の視点に過ぎない。多くの大学が集まる大都市近郊の子どもは自宅通学できるが、地方出身者の多くは物価の高い大都市近郊で下宿生活を送らねばならない。学費に加え、家賃など生活費もかさむ現状をどこまで考慮しているのか。少子化対策がこれだけ叫ばれているのに首をかしげたくなる。

 18歳の大学進学率は6割に迫る。短大や高専、専門学校を含めた高等教育機関への進学率は8割を超す。「高等教育は自己投資」で済ませられる問題ではないはずだ。

 高等教育の充実は、若者が将来への展望を開く根幹である。教育を受ける機会を失えば、本人だけでなく社会にとっても大きな損失になろう。

 政府が取り組むべきは、大学への支援強化に加え、授業料減免制度や給付型奨学金の拡充など、経済的事情を乗り越える施策だ。安易な授業料値上げは若者の進学機会を奪い、格差社会をさらに拡大させてしまいかねない。

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