人気ミステリー作家・柚月裕子「ただ作家さんに会ってみたいという気持ちだった」小説家人生のはじまりは主婦時代の好奇心から

柚月裕子 撮影/冨田望

小説『孤狼の血』(KADOKAWA)、『最後の証人』(宝島社)をはじめとした佐方貞人シリーズ、『合理的にあり得ない』(講談社)といった作品がベストセラーの、作家・柚月裕子さん。ミステリーとしての面白さはもちろん、登場人物たちの生々しい生きざまや苦悩は、多くの読者を魅了してやまない。柚月さんが作家として体験した“THE CHANGE”について聞いてみた。【第1回/全4回】

目の前に現れた柚月さんは、著書『孤狼の血』に描かれるバイオレンスなイメージからは、全くかけ離れている。そんな柚月さんが作家としての道をスタートさせたのは、40歳のときだった。

「それまでは主婦をやっていたんですが、あるとき地元(山形)新聞の隅に“『小説家になろう講座』(現:山形小説家・ライター講座)開催”という、案内を見つけたんですね。それは月に一回、山形に来る作家さんにお会いできるという内容でした。
本は昔から好きでしたが、当時は本を書かれている方のお名前は書店でお見かけするぐらいしか、作家さんに触れ合う機会がなかったんです。それが“実際にお会いできるの⁉”って。レアキャラが見られるみたいな(笑)。ただ作家さんに会ってみたいという気持ちで受講しました」

“本に関わる人たち”への好奇心によって開いた作家への扉

いわゆるミーハーな気持ちが、すべての始まりだった。それともうひとつ動機があった。それは「編集者ってどういう人なのだろう」という、素朴な好奇心であった。

「作家さんはネットで顔写真とかプロフィールを見ることができますが、作家さんを支える編集者っていったいどんな人なんだろうって。それまでの私は“編集者”っていったら『サザエさん』に出てくる伊佐坂先生の担当・ノリスケさんぐらいしか知らなかったし(笑)。作家さんも100人いれば100人違いますが、編集さんもそうなのだろうかって興味があったんですね」

講座の記事を見たことで作家への道が始まった……ということは、別の言い方をすれば、その記事に出合えなかったら作家にはなっていなかった……?

「たぶん、そうですよね。それこそ作品を投稿するとか、自分が小説を書くということはなかったと思います。講座に通っていた当時も、作家になりたいとか、なれるとも思っていなかったですね」

講座に通っているうちに、関係者からテープ起こしや聞き書きの手伝いの話が舞い込んでくるようになった。

「プロの作家さんと編集さんとの対談を素起こし(書き起こし)して原稿にまとめる、という仕事でしたが、それならできるかもしれないって思ったんです。単純に作家さんと編集さんがどんな会話をしているのかを聞いてみたいなって感じだったんですけど(笑)。そんなお手伝いをさせてもらって、実際の原稿には削られている部分が多いんだなという発見がありました。そっちの方が面白いのになんで削ったんだろう……と思ったこともありましたね」

そのうち、 “自分でも原稿を書いてみたい”という気持ちが芽生えてきた。

「そういった経験を重ねていくうちに、私が見聞きしたもの、感じたもの、嬉しかったり怒りを覚えたことを、昔から好きだった小説で表してみようかなって思ったんです。最初はちょこちょこって書き始めたのがきっかけでしたね。いま思えば、あれは大きなチェンジですよね」

そして、‘07年に山形新聞社主催の「山新文学賞」に応募し、『待ち人』が入選。このことがきっかけとなり、柚月さんは小説家としてのスタートを切った。

柚月裕子 撮影/冨田望

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年生まれ、岩手県出身。‘08年『臨床真理』(宝島社)で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。’13年『検事の本懐』(宝島社)で第15回大藪春彦賞、‘16年には『孤狼の血』(KADOKAWA)で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編賞部門受賞)。同年には『慈雨』で「本の雑誌が選ぶ2016年度ベスト10」で第1位を獲得した。他の著書に『盤上の向日葵』(中央公論新社)、『合理的にあり得ない』(講談社)、『月下のサクラ』(徳間書店)、『教誨』(小学館)、『ミカエルの鼓動』(文藝春秋)、『風に立つ』(中央公論新社)などがある。

■【画像】映画では主役・森口泉を演じている杉咲花さん

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※映画『朽ちないサクラ』公式X @kuchinai_sakuraより

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