斜面地の生家どうすれば…母亡くした男性、救った長崎の新たな「賃貸住宅」<しまい方のかたち・4>

不動産会社が引き取って利活用されることになった「元実家」で、ほっとした表情を浮かべる吉田さん=5月、長崎市中小島2丁目

 壁に飾られたカレンダーは2022年4月のまま。1人暮らしの母親が亡くなって2年がたつが、時間が止まったかのようだった。
 今年5月、長崎市中小島2丁目の斜面地に立つ木造2階建て。「私が生まれた時から今の造りでした」。元実家を訪れた大村市の吉田広文さん(52)は電化製品やベッドなどがそのまま残った部屋を眺めて目を細めた。一周忌までは毎月の墓参りに合わせ、庭の草むしりや部屋の風通しを続けてきた。
 戦前に曽祖父の代に建てられた家。両親が結婚して同居を始めた際に建て増した。車道から階段を上り、さらに奥まった場所にある。敷地が道路に接していないため、戦後に施行された建築基準法の接道義務を満たしておらず、建て替えることができない。
 借地のため、売るのも難しく、重機が入らず解体や家財道具を処分するのにも費用が割高になる。隣の空き家も長らく買い取り手が見つかっていないようだった。どうしたものかと困り果てていたところ、知人から長崎市の不動産会社、明生興産を紹介された。
 同社は自社で工事ができる強みを生かし、買い取った空き家をリノベーションし、低額での賃貸や再販事業を展開。22年からは、月3万円ほどの家賃で貸し出し、10年後に借り手が希望すれば土地建物をそのまま贈与する「贈与型賃貸住宅」の事業を手がける。
 尾上雅彦社長(55)は「昭和の高度経済成長期に建てられた空き家が増えているが、昭和レトロが見直され、共感して住む若い世代が増えれば、持続可能な循環型建築社会の市場創造につながる」と意義を語る。
 収益性やデザイン性に応じて4段階で独自に評価しており、吉田さんから相談を受け、条件が合わず一度は断った。だが、それでも「引き取ってほしい」という要望に、解体するなら発生していた費用の一部を預かり、それをリノベ工事費用の一部に充てる「寄付贈与型賃貸住宅」として取り組むことを決めた。
 吉田さんは土地の所有者に掛け合い、無償で土地を譲渡してもらい、現状のまま引き渡すことで昨年10月に契約が成立。今年6月からリノベ工事に着手しており、秋ごろに完了予定だ。
 「負動産」とも呼ばれる資産価値に乏しい土地や建物を巡っては、放置された空き家の倒壊やごみの不法投棄などの問題が全国的に起きている。
 吉田さんは「朽ち果てるよりは、きれいになって使ってもらえるなら、かえってよかった」とほっとした表情で語った。

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