樹林伸×諏訪道彦、若いクリエイターと新IP創出に挑む「プロジェクトONE」スタート

6月26日に「プロジェクトONE」プレス発表会が東京カルチャーカルチャーにて行われ、漫画原作者として『金田一少年の事件簿』や『神の雫』といった人気作品を送り出してきた樹林伸と、讀賣テレビ放送でプロデューサーとして『名探偵コナン』『金田一少年の事件簿』を手がけた諏訪道彦が組んで、アニメの新しい才能や作品をゼロから生み出す企画「プロジェクトONE」がスタートすることが発表された。

本プロジェクトでは、クリエイティブに携わる人たちへのインタビューを新WEBメディア「Ø ONE(ゼロワン)」を通して発信したり、クリエイターの企画を実現するためのクラウドファンディング等を実施する。樹林の原案を諏訪がプロデュースしながら映像やシナリオ、音楽などを手がけるクリエイターを一般公募で集める企画も展開される。

TV局や配信プラットフォームの都合で作品を作るのではなく、クリエイターの作りたいという情熱を形にして全世界に発信していきたい——。「プロジェクトONE」は、樹林のように長く漫画やドラマの原作を書いてきたり、諏訪のようにアニメをプロデュースしてきたクリエイティブ活動に従事してきた“レジェンド”たちが、作りたいという意欲はあっても発表する場所や作るためのリソースを用意できない若いクリエイターたちを支える場として立ち上げたものだ。

その柱のひとつがクリエイターインキュベーション。6月26日にオープンした「Ø ONE」を通してクリエイターためのワークショップやアカデミー企画を発信し、業界のレジェンドたちが蓄積してきたクリエイティブのための極意を伝承する。また、若いクリエイターたちが作品を作って世の中に展開していけるよう、クラウドファンディングも行ってサポートを行う。スタートは年内の予定だ。

クリエイターコラボレーション企画として、レジェンドたちと若手のクリエイターが組んで新しいIPの創出にチャレンジしていく企画も展開する。「最初に世界観やキャラクターが入ったショートアニメーションのシナリオを書く」と樹林。これを諏訪がプロデュースして、若くて才能のある人たちの力を借り、周りにいるレジェンドたちの参加も仰ぎながら大きな作品にする。こちらは11月に詳細が公開される。

そしてクリエイターインタビューも行い、WEBサイトから記事として発信してこれからのクリエイターたちにクリエイティブや生き方の参考にしてもらう。第一弾として樹林へのインタビューを、エンタメ社会学者の中山淳雄が行った記事を準備中で、7月中旬にも公開される予定だ。

6月26日に開かれたプロジェクトの発表会に参加した諏訪は、「自分はプロデューサーとして1を100にすることを狙って来たが、やはりゼロを1にして形にしてみせることが大事。その第1歩になってくれれば嬉しい」と、このプロジェクトが新しいIPの創出に繋がることを期待した。樹林も、「面白さのルール、コツのようなものをある程度は掴んでいるので、それを伝えていきたい。面白さとはある種の意外性。それをどうやったら演出できるかを教えたい」と、プロジェクトへの抱負を語った。

発表会に続いて行われたトークに登壇したProduction I.G社長の和田丈嗣は、「募集に応じたら、樹林さんと諏訪さんに会って話が聞ける。勉強が出来てもの作りが一緒に出来る。こういう機会はなかなかない。本当に良い企画だ」と賞賛した。

アーチ社長として数々の作品をプロデュースして来た平澤直も、「原作を持たずにオリジナルでアニメを作ることは本数的に多くない。漫画や小説を経ない作品を作ってみたいという人たちにチャンスを提供できる点が意義深い」と話して、オリジナルIPの創出を目指すプロジェクトを評価した。「自分なりのクリエイティブをどう磨くかが課題になる」とも話して、参加を希望するクリエイターのやる気に期待を示した。

トークショーでは、アニメ業界が直面している様々な課題についても話し合われた。例えば今、各所で課題として持ち上がっているメディア展開に当たっての原作からの翻案について。諏訪は、基本的なスタンスとして「原作の面白さを損なうようなアニメにはしない」と明言。原作をスポンジケーキに例え、「その上に果物を詰め、クリームを載せてデコレートするのが我々の仕事」と話して、本来の持ち味を損なうようなことはしないことを訴えた。

和田は、「アニメ化して原作の面白さを引き出せるものをやりたいと思っている」と発言。「漫画家は思い描いてきた世界観を漫画というもので出しているが、熱量が大きすぎて漫画の表現だけで追いついてないことがある。それを音楽であり声優の声であり動きを使って描いていく」と、アニメならではの掘り下げなりプラスアルファの部分があることを指摘した。

和田はまた、「視聴者の人に、『そういうことだったの』と思ってもらうことが翻案だと思う」とも話した。例として挙げたのが『進撃の巨人』におけるアクションの数々や、『SPY×FAMILY』におけるアーニャのセリフ回しや雰囲気で、「描かれているものの裏側にある人の気持ちや世界観をいかにして作るか」に腐心し、漫画を読んで来た人たちが違和感なく受け入れられる映像に仕立てることを続けてきたと訴えた。

平澤も、「原作者も漫画を好きなファンもアニメを待ち望んでいるファンも、その全員をどうやったら幸せに思ってもらえるのかという側面が強くなっている」と、最近の他メディア展開の特徴を指摘。「漫画で読んだ時に抱いた印象を映像で再現し、アニメになって良かったと思えるようにする」ことの大切さを話した。その上で、「原作に隙間があるものは、アニメにする時に想像がわく」とも話し、プラスワンを行うことでアニメとしての良さも感じてもらえるようにしていることをアピールした。

翻案に並ぶセンシティブな問題として、AIとの共存についても話が及んだ。樹林は、「若い人たちのアイデアや人間としての個性が加わることで、いかにも生成AIが作りましたといったようなものではないものが出てくる可能性はある」と技術的に期待しつつ、「リテラシーの問題も出てくる」と話して、生成AIから作品がどのように生み出されるか、それをどのように使うかといったことを考える必要性に触れた。諏訪は、「AIに頼るのではなく、道具として使いこなしていくこと」を訴え、使う側の意識や理解が欠かせないことを指摘した。

このほか、強力なIPを作り出す意味として、平澤がゲームアプリの『Fate/Grand Order』を挙げて、「元は個人が作ったゲームがプラットフォームになり、企業を巻き込みソニーグループの決算を変えている」と指摘。テレビ放送や配信プラットフォームに依存しがちなクリエイティブの世界だが、「IP自体がスタートアップとなってプラットフォームのように多くの企業を巻き込んでいける」可能性があることを訴え、IP創出にかける「プロジェクトONE」の意義を裏打ちしていた。
(文=タニグチリウイチ)

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