『賭博黙示録カイジ』の影響も? 直木賞候補のゲーム小説『地雷グリコ』が面白い

先日、三島由紀夫賞・山本周五郎賞・川端康成賞の合同授賞式に行ってきた。お目当ては、第三十七回山本周五郎賞を『地雷グリコ』で受賞した、青崎有吾の挨拶だ。どんな話をするのか、どうしても聞きたかったのである。

少し遅れて会場についたが、さいわいなことに挨拶はまだだった。ということで、受付で渡された小冊子の「受賞の言葉」を読んでいると、「受賞作『地雷グリコ』は、ギャンブル漫画からの影響が非常に強い作品です」という一文があり、やはりそうだったのかと納得した。本書を最初に読んだときの感想が、やっと小説が漫画に追いついたというものだったからだ。

作者がどのようなギャンブル漫画を想定しているのかは分からないが、私がすぐに連想したのは福本伸行の『賭博黙示録カイジ』だった。有名な作品なので、ご存じの人も多いだろう。友人の保証人になり多額の負債を背負った主人公のカイジが、借金が帳消しになるといわれ、ギャンブル船「エスポワール」に乗り込み、十二枚のカードを使う「限定ジャンケン」というゲームに挑むことになる。この「限定ジャンケン」が、シンプルだが奥深い駆け引きのあるゲームであった。よく、こんなゲームを考えたものである。しかもカイジは開始早々、絶体絶命の窮地に陥る。自堕落な青年だったカイジが、崖っぷちから逆転していく過程を、ゲームの興趣と共に描いた名作である。

この『賭博黙示録カイジ』のヒットにより、甲斐谷忍の『LIAR GAME』や、迫稔雄の『嘘喰い』など、独自のゲームを盛り込んだギャンブル漫画が、次々と生まれたのである。だが、それが小説にまで波及することは、ほとんどなかった。独自ゲームのルールを説明するには、文章よりも情報量が多い絵の方がやりやすいなど、理由は幾つか思いつく。そのハードルを作者は本書で、果敢に乗り越えてくれたのである。

前置きが長くなった。物語の内容に触れよう。といっても粗筋は簡単。都立頬白高校一年生の射守矢真兎が、さまざまなゲーム対決をするというものだ。第一話「地雷グリコ」は、文化祭の場所を賭けて、生徒会の椚隼人と対決する。肝心のゲームは《地雷グリコ》。基になるゲームは、じゃんけんから派生した《グリコ》というゲームである(他にも、幾つかの名称がある)。子供の頃に遊んだことのある人も少なからずいるはずだ。そのゲームに《地雷》という+αのルールを加え、独自のゲームになっているのである。このルールによって奥深い駆け引きが生まれることになる。最初から窮地に陥った真兎の痛快な逆転と、そこで明らかになる緻密な思考が読みどころ。いやもう、面白いとしかいいようのない作品である。

以下、神経衰弱・じゃんけん・だるまさんがころんだ・ポーカーと、お馴染みのゲームに独自のルールを加えたゲームに真兎が挑むことになる。収録作の中では、ゲームのルールを守りながら、とんでもない方法で真兎が勝利する第四話「だるまさんがかぞえた」が、お気に入りである。もちろん他の話も興趣満点。二転三転するゲームの行方と、真兎の活躍を堪能してほしい。

さて、それとは別に注目したいのが、第二話「坊主衰弱」である。基本的に真兎の対決する相手は同じ高校生だ。しかしこの話だけ、大人が相手になっている。そしてゲームに関して、他の作品と大きく違うポイントがあるのだ。これは意図的なものだろう。だとしたら、そこにどのような狙いがあるのか。授賞式での作者の挨拶を聞いて理解できた。

記憶で書くので大意になるが、作者は挨拶で、「この世界が〝フェア〟なものであってほしい」と語っていた。また本書の第三話「自由律ジャンケン」で真兎は、「フェアな勝負ならば受けます」といっている。そう、真兎も対決する相手の高校生も、よくギリギリのラインを攻めるとはいえ、すべてルールの範囲内でフェアに勝負している。これに対して、唯一の大人の対戦相手だけが、ルールを逸脱するのだ。それにより作者の考えるフェアな世界が、より明確に見えてくるのである。全体の構成も、実に考え抜かれているのだ。

もうひとつ付け加えよう。物語の視点の多くは、真兎の中学以来の友人の鉱田が担っている。読者と同じ立場で、ハラハラしたり驚いたりする役割だと思って読んでいた。しかし、ラストの「フォールーム・ポーカー」で鉱田にスポットが当たると、ゲーム小説が青春小説へと変化し、気持ちのいいフィナーレを迎えるのだ。この企みも最初から考えていたのだろう。読んでいる間、頭脳と心を何度も揺さぶられる。これだから青崎作品は止められないのだ。

なお本書は、第七十七回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門も受賞した。また、この書評を書いている時点では結果が分からないが、第百七十一回直木賞の候補になっている。是非とも直木賞も受賞してほしいものだ。そして漫画の『賭博黙示録カイジ』と同じように、本書の登場によって面白いゲーム小説が、次々と生まれることを期待しているのである。

(細谷正充)

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