奇行と暴力を繰り返す夢遊病患者を故イ・ソンギュンが熱演!『スリープ』新鋭監督が語る制作秘話「ホラーというより、ラブストーリー」

『スリープ』© 2023 SOLAIRE PARTNERS LLC & LOTTE ENTERTAINMENT & LEWIS PICTURES ALL Rights Reserved.

ポン・ジュノが認めた新鋭監督の長編デビュー作

果たして『スリープ』はホラー映画なのだろうか? そんな疑問が沸く。

なぜなら、本作で描かれるのは結婚生活のトラブルに対する“夫婦のあり方”だと感じたからだ。

生魚や生卵をモリモリ喰らい、リビングで放尿し、本当に寝ているのか? と思うほど暴力を振るう夢遊病の夫。そんな夫に頭を抱え、神経症気味になりスピリチュアルに傾倒していく妻。

スクリーンに映し出される奇っ怪な現象は、まごうこと無きホラー映画そのもの。しかし、夫婦が怪異に向き合う姿勢からは「なんとか、この苦境を二人で乗り切っていこう」という気迫を感じる。

もしや『スリープ』は“ラブストーリー”なのではないか? 結婚生活の不安を極端に映像化したものではないか?

例えば『ババドック~暗闇の魔物~』(2014年:ジェニファー・ケント監督/オーストラリア)もそうだったが、生活における不安を怪物や心霊現象に置き換えた作品は、ジャンルを超えた印象を残すのだ。

一体、この映画はなんなのだろう?

Zoom越しに現れたユ・ジェソン監督は、和やかに「こんにちは!」と日本語で挨拶をしてくれた後、笑顔で『スリープ』の“正体”を語り始めた。

「夢遊病について、色々な資料を調査したんですが……」

―本編を観るまでは「眠り」や「結婚」が怖くなるようなイメージがあったのですが、実際拝見してみると歪んだラブストーリーに思えました。監督は、ホラー映画を意識して制作したのでしょうか?

最初は「夢遊病」をテーマにした面白い映画が作れないかな? と思っていたんです。でも、ちょうど僕は長年お付き合いをしていた女性との結婚を控えていて、少しナイーブかつロマンティックな気持ちになっていました。だから夫婦を主人公に据えて脚本を書いていったんです。だから、夫婦が力を合わせて苦難を乗り切ろうとする物語になった。なのでホラーというより……ラブストーリーでしょうか。

―夫婦の物語というと、“夫婦間で争う”物語が多いように感じますが、本作はあくまで協力し合っていますね。

当時は、結婚生活にロマンを感じていたんですよ。やっぱり夫婦は争うのではなく、協力して何かを乗り切ってほしい。『スリープ』には、「夫婦はどうあるべきか?」という問いかけがあります。そして僕なりの答えも提示しているつもりです。

―あの、これは失礼な質問かもしれませんが、監督はまだ新婚でいらっしゃいますよね? 実際、結婚されてみていかがですか?

韓国の映画祭で『スリープ』を上映したときにも似たような質問をされましたよ(笑)。僕は結婚して2年目になるんですが、本作で提示した僕なりの“正しい夫婦像”は、いまだ確固として有効だと思っています。でも、まだ2年目だから、10年、20年と時が過ぎたら、どうなるかわからないですね(笑)。とにかく、今はとても幸せな結婚生活を送っていますよ。

―それはよかった!(笑)。さて、本作のように極限まで追い詰められるようなトラブルに直面した場合、「なぜ家を出ていかないんだろう?」と思う観客もいるかと思います。そこで気になったのは、劇中で「いつも一緒に」という標語が頻繁に映し出されることです。これは観客に疑問を抱かせないようなギミックなのでしょうか?

あの言葉は意図的に用意したわけではないんですよ。それから最初に言ったとおり、『スリープ』は夢遊病映画としてスタートした。そこで色々な資料調査をしたんです。すると、劇中で登場させたような夢遊病対策がたくさんありました。例えばベッドに縛りつけたり、別室に閉じ込めたりとか。でも、不思議と「別居」はほとんどなかったんですよ。夫婦でどうにかしていく、という事例が多かったんです。なんだか安心しました。

―安心したということは、監督の思う夫婦像と近かったということでしょうか?

実は『スリープ』の夫婦は、僕たち夫婦のキャラクターを反映させているんですよ! さっき意図的ではないと言った「いつも一緒に」の評語は僕の妻の座右の銘で、耳にタコができるほど聞かされていたから無意識的に取り込んだのかもしれません。とにかく、妻は2人で乗り切ることが大事と考えていて、どんな困難も「2人で一緒にいて、そして実行することが大事」と、いつも言ってくれているんです。

『スリープ』を観た観客から「どうして別居しないんだろう?」とか「離婚しないんだろう?」といった意見はよく聞かれるけれど、僕の答えは本作で示した通りです。

―私的な話で恐縮なのですが、私の妻も「出ていかない」と言っていました。それから……結婚して25年以上になりますが……なんとかなりますよ!

長いですね!(日本語で)おめでとう! あなたのことをリスペクトしますよ。

「イ・ソンギュンは、まさに役者をやるために生まれてきた」

―本作の劇伴について伺います。相当、緻密に設計されていると感じました。ホラー映画によくあるようなジャンプスケア的な利用はほぼなく、場面にあったサウンドスケープ的な活用や、聞こえるか聞こえないかの繊細な調整が非常に印象的です。

僕はサウンドコーディネーターの仕事をしていたから、とてもこだわりました。サウンドコーディネーターというのは、監督と音楽班を繋ぐ仕事です。以前、ポン・ジュノ監督の『Okja/オクジャ』(2017年)のサウンドコーディネーターを担当したときは、1分、時には1秒単位、さらに観客には聞こえないような音も記載された100ページくらいの指示書があったんですよ。それに倣って……というわけではないですが、『スリープ』の音響指示書も100ページくらいになりました。音楽班はドン引きしていたけれど、ベテランのスタッフばかりだったから、しっかり読み込んでくれましたよ。

音楽の設計については、夫婦を代弁させるような雰囲気作りに徹しました。(他人には)些細なことでも2人にとっては深刻な場面では、音楽を有効に活用して感情を表現しました。さらに本作は章立てになっているんですが、章ごとに音楽のスタイルも変えているんですよ。ぜひ劇場で観るときは意識してほしいですね。

―夫婦役を演じたイ・ソンギュンさんとチョン・ユミさんの印象的なエピソードはありますか?

現場に入ってびっくりしたんですが、2人とも演技に対する姿勢が正反対だったんです。ソンギュンは、脚本が真っ黒になるくらい書き込みをしてきます。そして撮影前に「ヒョンス(夫)なら、この台詞ではないと思う」とか、「このシーンの行動を変えた方がいいんじゃないか」とか、綿密に芝居を構築しようとするんです。まさにヒョンスが憑依しているかのような振る舞いでした。まさに役者をやるために生まれてきた、という感じでしたよ。

一方のユミは、天才肌。最初に「監督、私には1から10まで全て教えてください」と言ってきたんです。僕は監督ですから、スジンというキャラクターの立ち振る舞いやセリフ回しをこと細かに指示するのは、やぶさかではありません。だから彼女の言ったとおりに指示をしたら、完璧に再現するんですよ。言葉を選ばずに言えばロボットのように指示を処理して、アウトプットしてくれる。つまりは2人とも、とても優秀だったということです。彼らの仕事を目の前で見られたのは監督として幸せでした。

―イ・ソンギュンさんの映画をもっと観たかったですね……(同氏は2023年12月に逝去)。

本当に残念ですね……。あ、いま思い出したんですが、ユミが当初「ヒョンスの役は誰が演るのか」と心配していたんです。というのも、スジンは発散型のキャラクターだけれど、ヒョンスは内面の演技が多い。つまり、行間が読める役者じゃないと難しいのではないか? と。でも「ヒョンスを演じるのはイ・ソンギュンだよ」と伝えたら、「彼なら大丈夫!」と飛び上がって喜んでいたんですよ。彼は本当に信頼できる、良い役者です。

――最後はしんみりしてしまったが、ジェソン監督が明るく楽しんで『スリープ』を制作したことが伺えた。彼の考える「正しい夫婦像」とは何か?『スリープ』は、人によっては少し不思議な印象を残すかもしれない。だがイ・ソンギュンの思い出と共に、結婚や夫婦について再考するには『スリープ』が良い機会になるだろう。

取材・文:氏家譲寿(ナマニク)

『スリープ』は2024年6月28日(金)よりシネマート新宿ほか全国公開

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