既にWTAランカーが誕生!JWT50の杉山愛が大会新設から1年以上経った今、実感していること<SMASH>

「既にWTAランカーが生まれたのは、私たちにとって、やる意味があると思えたことでした」

自身の言葉にうなずきながら、杉山愛氏が明言した。6月中旬に有明テニスの森で開催された、大東建託オープン大会終盤のことである。同大会は、Japan Women’s Tennis Top 50(JWT50)が設立・運営を手掛けるITF W15大会。賞金総額は15,000ドルで、国際大会で最も選手たちの参入障壁の低い、いわば”プロへのとば口“だ。

元世界4位の伊達公子氏が杉山氏に声掛けしたことにより、JWT50が正式に発足したのが2022年6月のこと。会の構成メンバーは、WTAシングルスランキング50位以上経験者。創設理念や活動趣旨は、日本女子テニスの活性化。“Rally for the Future”(未来のためのラリー)をスローガンに掲げ、ジュニア・若手選手の育成を、当面の最大の使命に定めた。

そのためにJWT50が実行したのが、日本国内のITF W15大会新設である。ジュニアからプロへの移行期には、W15大会出場が半ば必須。だが2年前の時点で、日本国内に、このカテゴリーの大会は一つもなかった。そこで、社会的知名度も影響力もあるJWT50の面々が、協賛や賛同者集めに奔走する。そうして、会の創設からわずか1年未満にして、複数の大会新設に至った。昨年は、4月の大阪市を皮切りに、福井、千葉県柏市で連続開催。さらに夏には、札幌市で3大会連続開催を実現した。
そして今年も、既に福井、富山、そして東京で開催済み。この夏には昨年同様、札幌で2大会連続開催を予定している。

これら大会郡の最大の特性は、「若手の育成」「ジュニアから一般(大人)の大会への順路確立」の理念が、大会の構造そのものに組み込まれている点だろう。大会中はJWT50の面々が多く集結し、選手のみならず保護者やコーチを対象に、セミナーやクリニック等を行なう。また、参戦選手と密にコミュニケーションを取り、助言を与えることも多々ある。言わば国際大会と強化合宿を、同時開催しているような状態だ。

加えて大きいのが、20歳以下の選手を対象とした“ワイルドカード選手権”の併設である。まだランキングポイント等を持たないプロ予備軍も、ワイルドカード選手権には参戦可能。このように、ジュニア/アマチュアからプロへの橋を架け、なおかつ、よりスムーズかつスピーディに上のレベルへと移行できる体制を整えることを、JWT50は目指してきた。 大会新設から1年以上が経ち、計9大会を終えた時点で、杉山氏はその成果を次のように口にした。

「やはり私たちの大会の特徴として、14歳から20歳までが出場できる、ワイルドカード選手権が挙げられます。その年代の選手たちはランキングポイントを取ることが難しく、W15の大会でも出場することすら困難です。そのような若い選手たちに、予選6枠、本戦4枠を与えられるのは、自分たちで作った大会だからこそ。その点が大きいと思います」

そうして大会を重ねる中で、若い選手たちへの意思伝達や交流も深まったと感じている。

「最初の頃は、選手たちと我々との距離も少しありましたし、私たちが試合を見ていても、そんなに選手たちから話を聞きに来ることがなかったんです。でも、特に昨年の札幌くらいで長時間一緒に時間を過ごすなかで、距離がグッと縮まった。そこからは、本当に選手からJWTメンバーに話を聞きに来るのが当たり前の雰囲気になりました」

それら会話の中で伝えてきたことは、テニスの技術面等の指南に留まらない。杉山氏が、こう続ける。
「ジュニアの子たちは、出る大会がたくさんあります。ITFジュニア(国際テニス連盟公認のジュニアの国際大会)もあれば、中高体連の試合もある。自分が何を目指すかによって選択が変わってくる中で、プロとして世界で戦うための一番の近道は、やはり、ITF W15大会でポイントを取り、世界ランキングを得てスタートすることだと思います。そこで通用すれば、スポンサーなど道が開けてくる。

でもそうでなければ、こういう道もあるよねと提示していくことも、やっています。例えばW15の大会には、ITFジュニアランキング上位者の特別出場枠があります。その存在を知っていれば、ITFジュニア大会に出てランキングをあげることも、選択肢に入ってきますよね」

実際に、6月中旬に開催された東京大会では、それぞれの順路を歩む選手たちの足跡が、せわしなく交錯した。

現在15歳の沢代榎音は、東京大会には前述のジュニア枠で出場した。沢代は昨夏、札幌のJWT50大会に3週連続で出場すると、以降はITFジュニア大会を中心に転戦。今年4月にジュニアランキング88位を記録し、ジュニア枠が活用できるレベルまで到達した。
19歳の大脇結衣は、JWT50主催大会を経て、WTAランキングデビューを果たした一人である。その大脇を、今回の東京大会初戦で破った吉田紗良は、まだ14歳。ワイルドカード選手権を制し、自らの手で出場枠を勝ち取った。現在、町田ローンテニスクラブで杉田祐一氏の指導を受ける吉田は、「今はITFジュニアに出てますが、14歳になったので、大人の方をメインでやっていこうとみんなで話しています」と言った。

「夏に札幌でもW15が2大会あるので、そこでもポイントを取り、10月くらいにはWTAランキングを取りたい」

それが、吉田が描く青写真。WTAランキングを得るには、ITF3大会でポイントを取る必要がある。そのことを念頭に入れた上での発言だ。
「みんな頑張ってはいるけれど、ただ我武者羅に毎日頑張るのと、目標がポンと上に見えていて、そこに続く道を進むために頑張るのでは、同じエネルギーを注いでいても全く結果が違ってくる。そこが、自分たちがやってきたことで、一番、意義があるなというふうに思います」と杉山氏は言う。

その言葉は、シングルス8位、ダブルスは1位に座した杉山氏を筆頭に、世界の高みに至った人々が口にするからこそ、圧倒的な説得力を帯びる。

日本のテニス史を紡いできたレジェンドたちが、ボールと言葉で若手選手と交わすラリー。その軽やかな打球音が、未来へとこだまする。

取材・文●内田暁

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