優しくけなげで一途なヒロイン…『ブラック・ジャック』名エピソードで振り返る「ピノコの魅力」

少年チャンピオン・コミックス『ブラック・ジャック』第21巻 (手塚プロダクション)

2024年6月30日、手塚治虫さんの同名漫画を原作としたドラマ『ブラック・ジャック』(テレビ朝日系)が放送される。

主人公ブラック・ジャックを演じる高橋一生さんをはじめ、石橋静河さんや松本まりかさん、奥田瑛二さんや早乙女太一さんといった豪華俳優陣がそろった本作。ピノコ役にはドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)での主人公・近藤麻美の子ども時代役や、映画『ゴールデンカムイ』でのオソマ役などで注目の永尾柚乃さんが起用されており、再現度に期待がかかるところだ。

ピノコといえば、幼稚園児ぐらいの見た目をした少女だが、彼女はもともと18年もの間、双子の姉のこぶ(畸形嚢腫)の中でバラバラのパーツの状態で生きていた。そこをブラック・ジャックによって摘出され、人工の部品と合わせて女児の体を与えられたというキャラクターだ。

その後はブラック・ジャックの家族として生活をともにし、また助手としても活躍するピノコ。作中では彼女をメインにしたエピソードは多く、手塚作品を語るうえでも欠かせないヒロインのひとりだろう。

そこで今回は漫画『ブラック・ジャック』に描かれたエピソードを振り返り、ピノコの魅力に迫ってみたい。

■焦るB・Jを助けた最高の助手

ブラック・ジャックの助手として、さまざまな手術を手伝ってきたピノコ。その中でもピノコの機転が光る話が「ピノコ・ラブストーリー」のエピソードだ。

これは、ピノコが公園で知り合った男児が急患として運ばれてくるというストーリー。男児が体全部があべこべになっている「内臓全転位症」という非常に珍しい体内構造を持っていたため、手術は難航。いつもの手術ならラクラクこなすブラック・ジャックも、神経や血管が全て逆になっている男児に手を焼き、血管を傷つけ焦りを見せる。

そこで冷静になり機転を効かせたのが、男児の両親が手術前に「あの子が助手するのかしら」「心配になってきたぞ」と不安視していた助手のピノコ。ピノコは全身が逆になっているのならと、手術室に鏡を持ち込み、それで内臓が逆に写るようにブラック・ジャックに見せる。これにより手術は無事に成功し、男児の命は救われた。

両親がピノコの頼りなさを心配していたことにブラック・ジャックは気づいていたのか、術後、涙する両親に「感謝ならピノコにしてください」「あれはすばらしい助手です」と伝えるのだった。

このエピソードは冒頭、ピノコが誰かに宛ててラブレターを書いているところから始まる。その後、公園で男児に“ナンパ”されて「恋人ごっこ」をしたりと、ピノコの「恋」がもうひとつのテーマになっており、最後にはラブレターがブラック・ジャックに届く。自称「奥さん」であるが見た目は幼児のピノコが、ブラック・ジャックのことをよく理解し、実は助けていることがよく分かる名エピソードだ。

■勉学に燃えるピノコが味わう挫折

そんなピノコを、親のように心配して見守っているブラック・ジャックの姿が切ないのが、ピノコが高校受験に挑む「ハッスル・ピノコ」というエピソード。

だが、見た目が幼児のため、高校の窓口で「ピノコお勉強ちたいよのさ」と受験を申し出ても、「小学校へまずおいで」と門前払い。自宅でブラック・ジャックに「高校か女子大受けたい」と通信教育の卒業免状を見せても「よくやったけどこれは学校じゃない」と跳ね除けられ、大泣きしてしまうのだった。

そんなピノコをみかねて、ブラック・ジャックが大量の札束を用意したことでなんとか高校受験のチャンスを得るが、ピノコの脳はまだ発育途中。受験勉強は集中できず、試験当日も極度の緊張に耐えられず、彼女は救急搬送されてしまう。

結局、高校受験は失敗し、失意のピノコは幼稚園に通うことを約束するが、そこでも園児たちと大ゲンカをして退学になってしまうのだった。

かわいそうなピノコだが、ラストのページではブラック・ジャックもまた、「くよくよすんな!」「幼稚園や学校なんざゴマンとあるさ」とピノコをなぐさめたあと、部屋でひとり塞ぎ込んで机に突っ伏してしまう。

戸籍上では1歳のピノコだが、前述のようにもともとは姉の体内で18年の間生きてきた、19歳を自称する女性だ。その心と体のチグハグさはいつもピノコを悩ませており、それは彼女に体を与えたブラック・ジャックにも分かっていた。

けなげにがんばるピノコと、それを見守るブラック・ジャックの姿が切ない、ちょっぴり泣けてしまうエピソードだ。

■泥棒にまで親切に…誰にでも優しいピノコ

最後は、ピノコの優しさが描かれた「ピノコ還る!」のエピソード。

これは、ある日、家に帰ったピノコが泥棒に鉢合わせるというもので、普通なら恐怖に怯えそうなところ、ピノコは泥棒の身の上話を聞いているうちに同情して泣き出してしまう。そして夜逃げ寸前だという男のためにお金をあげることを約束し、ブラック・ジャックに小遣いを10年分前借りし、100万円を持って届けに行くのだった。

どこまでも親切なピノコだったが、男にはギャンブル趣味があり、ピノコからもらったお金を競輪ですべて失ってしまう。挙句の果てにはピノコを酒場に連れまわし、最終手段に当て逃げまで計画し……と、とことんダメな男だった。

だが、それでもピノコはなぜか男を見捨てず、車に轢かれた彼を助けるようにブラック・ジャックに頼む。そして、とことん親切なピノコに説得されたブラック・ジャックは、半ばキレながら男の手術を行うのだった。誰にでも優しいピノコの姿が描かれた、不思議とほっこりしてしまうエピソードだ。

以上3つのエピソードを振り返ったが、ピノコが魅力的なストーリーはこの他にもたくさんある。かわいいだけじゃなく、強く人間味あふれる彼女がドラマでどう描かれるか、6月30日放送の『ブラック・ジャック』のピノコも注目だ。

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