若林放出が西武に与えた衝撃。主力を目指す選手たちの危機感が低迷脱出のカギに?<SLUGGER>

一瞬、厳しい表情を見せた渡辺久信GM兼監督代行の言葉に本音を垣間みた。

「いろんな見方はあると思うんですけど、若林も非常にポテンシャルの高い選手であることは確か。でも、うちでアジャストしてなかったなと。そういう意味で、新天地で活躍してほしい」

6月24日、パ・リーグ最下位の西武は巨人との間でトレードを成立させた。松井稼頭央前監督の政権下では割と出番の多かった26歳の有望株外野手・若林楽人を放出。代わりに、2021年に27試合連続安打を記録し、セの育成出身選手では初の2ケタ本塁打をマークするなど実績のある松原聖弥を獲得した。このトレードの意味を考えてみたい。

度重なるFA流出などでチームの改革が必要とされる西武は、19年以降、「育成のライオンズ」の方針に舵を切った。データサイエンスを駆使して人材を配置し、バイオメカニクス部門、人財開発部門なども充実させて育成に力を入れ、同時にコーチ研修を行うなど、教える側の意識改革も進め、着実にファームシステムは進化を遂げてきている。昨季は外野手のほとんどの選手が一軍登録されるなど、多くの経験を積ませることもできた。

とはいえ、組織の体系化が進む過程でのジレンマもあった。育成環境が整備していくその前と後では、選手がそれに対する向き合い方が異なる。新しい育成システムでは「言語化して教える」ことなどをテーマに掲げていたが、それがすべてに浸透しているわけではなかった。
改革以前から不動のレギュラーだった源田壮亮や外崎修汰らはともかくとして、その次の世代、いわば中間層の本来主力になっていなければいけない選手たちは、現行の育成システムにしっかりはまっているとは言い難い。かといって、源田や外崎が経験してきたような「優勝チームの哲学」なども知らない。それでも首脳陣は彼らに一軍でチャンスを多く与えてきたが、伸び悩んでいる選手たちも多かった。若林はまさにその典型だった。

若林は今年5月1日の日本ハム戦で2本塁打を放つなど高いポテンシャルを誇りながら、打率は.150を切っていた。極め付けは5月21日のロッテ戦で、9回裏2点ビハインドの無死から代打に立って、大振りの三振であっさり凡退。状況を考えないプレーには愕然とした。

「もともとポテンシャルのある選手なんでね。変わってくれれば、全然、覚醒できると思う」

平石洋介ヘッドコーチはそういって若林を慮ったが、誰しもがその課題を認識していたのだというのが読み取れる。そう思うと、結局は「伸び切らなかった選手」とみていいのだろう。

もちろん、松原を獲得しただけですぐに現状を解決できるだけの期待があるわけではない。ただ、一軍で活躍したシーズンがあるということは、6月27日現在でチーム打率.201と打線が低迷しているチームにとって、起爆剤の役割を託したくなるのは当然だ。

ただ、問題はもう一つある。西武の補強がこれで終わりなのかどうかという点だ。
GMと監督を兼務する渡辺久信はこうした質問に対し、どんな選択肢も否定しない。その選択肢とはトレードから新たな外国人補強、育成からの支配下登録までだ。さすがにシーズン途中の新外国人獲得はアジャストに難しさがありそうな気もするが、否定するわけでもないのだ。

今回のトレードで西武が若い方の選手を差し出したことによって、チームに緊張が走ったことは間違いない。若林はルーキーイヤーの21年に左膝前十字靭帯損傷という重大な故障を負いながらも、過去3年間で計108試合に出場していた。そんな彼が放出されたのだから、他の選手が「自分も放出対象になるかもしれない」と危機感を抱くのは当然だろう。

渡辺GMは期限いっぱいまで検討することを口にした上で、今回のトレードによってこれまでの方針を転換したとは考えていないようだ。

「年齢を考えて(若林を)出したわけでもない」

という返答はまさにそのことを如実に証明していると言えるだろう。とはいえ、今回のトレードに関して、驚きを隠さなかった選手の声を聞くと、選手の交換だけではない効果ももちろんあったと見る。「驚きました。僕は髙松(渡)から連絡が来て知ったんですけど……危機感はみんなあると思います。でも、一軍にいる選手はみんな、負けへんぞという思いはあると思います」

レギュラー争いから抜け出し、今は4番も務める岸潤一郎はそう語った。事実、松原の入団会見があった25日の日本ハム戦では、岸、鈴木将平がそれぞれ安打をマーク。代打で出場した西川愛也もヒットを放った。さらに、松原が1番・右翼で初出場した26日の同カードでは、代走で途中出場した長谷川信哉が四球と安打で2出塁。存在感をアピールしていた。

試合に出るのは簡単なことではないーー。

若林の放出によって、争ってきた選手たちは危機感に苛まれているのかもしれない。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

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