2024年上半期ボカロ名曲まとめ 人気曲「メズマライザー」「イガク」ほか15選

の主宰・highlandさんが選ぶ、2024年上半期を彩ったボカロ曲──。

椎名もたさんの「少女A」やDECO*27さんの「ラビットホール」、サツキさんの「メズマライザー」などのように、VOCALOID(ボーカロイド、以下ボカロ)楽曲が世界的にヒットするようになった現代。

2023年末に公開したボカロ名曲15選に続き、今回は2024年上半期に発表(※)されたボカロ曲の中から、ボカロを知らない人にも届くような力をもつ“ポップ”な名曲を15曲ピックアップして紹介する。

記事の最後にはプレイリストも掲載しているので、少しでも気になった曲があればぜひ聴いてみてほしい。

(※)ヒットチャートや音楽媒体の慣例に合わせ、対象範囲は前年度12月〜今年度5月としている。

メズマライザー(初音ミク・重音テト)/サツキ

2024年のボカロシーンについて語る際、channelさんというクリエイターの存在を抜きにすることはできない

かねてより、初音ミクの名曲を題材にした二次創作ショートアニメやイラストで支持を獲得していたが、「ラビットホール」を煽情的に翻案した「Pure Pure」がバイラルし、原曲自体のリバイバルヒットにも繋がった。

「メズマライザー」は、そんなchannelさんが満を持してMVを手がけたボカロ曲。カラフルでポップな絵柄ながら、狂気一歩手前の精神状態を扱うようなどす黒い面を併せ持っている。

かつてkemu(堀江晶太)さんやトーマさんが牽引した音数の多い高速ボカロック&ハイトーンボーカル路線を引き継ぐかのような「過剰さ」を持ち味にするサツキさんの楽曲と合わさり、刺激的な作品になっている。

イガク(重音テト)/原口沙輔

2023年の「人マニア」の大ヒットに続き、快進撃を見せる原口沙輔さん。ドワンゴが主催するオンライン参加型イベント「The VOCALOID Collection ~2024 Winter~(略称・ボカコレ2024冬)」にて投稿された本楽曲は「TOP100」部門で堂々の1位を獲得した。

中毒性のあるメロディーに踊れるビート、インディー感溢れるユニークなMVは、歌ってみた・踊ってみた・MAD動画など数多くの二次創作を生んでいる。

原口沙輔さんのシグネチャーである“ユ!”や“drop it!”の声ネタやオーケストラル・ヒットは、本作においても小気味よく挿入されている。随所に入るシンセサイザーの高速アルペジオも未来感を醸し出している。ノイジーなサウンドをポップスに昇華する手腕は見事だ。難解ながら、シニカルで挑発的な歌詞もリスナーを惹きつけている。

あちこちデートさん(めろう)/駄菓子O型

「あちこちにデートする」という情緒あふれるテーマのジャズポップ。好きな人と色々な体験を共有したいという、はやる気持ちから広がっていく世界を描いている。動画制作者・はこさんが手がけた、やわらかな陽射しを連想させる映像美のあるMVも見どころだ。

ドランクビート(Drunk Beat)と呼ばれるリズムが酔ったようにヨレたビートに複雑なコード進行。しかし全体としてはキャッチーな歌ものにまとめられており、味わい深い。

歌声シンセサイザー「NEUTRINO」の歌声ライブラリ・めろうのしとやかなボーカルも心地よく、ラストサビのスキャット(ラララ、ルルルのような意味のない歌唱)も堪らない。

「あちこちデートさん」は元々コンピレーションアルバム『合成音声のゆくえ』(2023年)の収録曲だったが、2024年2月にMV版が投稿されるとボカコレ2024冬の「ルーキー」部門で1位を獲得し、大きな話題になった(※)。

(※)厳密には2024年上半期発表の楽曲ではないが、そういった背景もあり特筆すべき楽曲として選出している。

ヤババイナ(初音ミク・重音テト・ずんだもん)/さたぱんP

1曲の中に無数の楽曲が詰め込まれているような展開の多さ、一度見たら忘れられないサイケデリックなMVと、情報量の多さで畳みかける「ヤババイナ」。メタルコアの暴力性と電波ソングのキッチュさが合わさったかのようなテイストだ。

ひたすら混沌としたAメロ・Bメロから一転してサビはキャッチーなメロディーに。軽妙なベル音やブラスが入るのもいいアクセントになり、つまらない現実の打破をうたう歌詞を盛り上げている。

作者のさたぱんPさんは、「猫ミーム」と初音ミクを掛け合わせたショート動画群でバズったボカロP。その後、そのネタを「ヤババイナ」と組み合わせることでミーム化させた。略的にバズを生み出しているという点でも興味深いアーティストだ。

たびのまえ、たびのあと(初音ミク)/いよわ

「ポケモン feat. 初音ミク Project VOLTAGE(略称・ポケミク)」は、ボカロと「ポケモン」の両方に大きな活気をもたらしてくれた。2024年6月現在までに、20人のボカロPによりオリジナル楽曲20曲がリリースされている。

中でも「たびのまえ、たびのあと」は、ゲーム本編では描かれないような「冒険に出る前」の気持ちに焦点を当てているのがポイントだ。誰もが子供時代に持っていたような、冒険を夢見てワクワクする感覚を思い出させる楽曲であり、「パジャミィ」「ぷらいまり」など子どもの視点を表現することに長けているいよわさんならではの作品。

さらに終盤の歌詞には親から子への目線も入っており、「ポケモン」というIPに限らない普遍的なテーマも描かれている。

ラプラスショコラ(初音ミク)/Kai

Kawaii Future Bass系統のエレクトロサウンドを得意とし、地雷系のようなファッションの少女をイメージした病みかわいい楽曲で注目されるKaiさん。2022年の「さよならプリンセス」がスマッシュヒットして以後、ティーンを中心に人気を集めている。

バレンタインデーに投稿された「ラプラスショコラ」は、チョコレートづくりに関するワードをちりばめつつ、告白を前に恋の行方に対して抱く不安をラプラスの悪魔(未来のすべてを予知できる仮想的な存在)のモチーフに重ねて表現。ソングライティングの妙が光る。

甘酸っぱいメロディーのエレクトロポップで、暖かみのある音色のシンセベースにトイピアノのかわいらしい音が彩りを添えている。

Dec.(GUMI)/Kanaria

歌ってみたの定番曲「KING」やTikTokを中心にメガヒットを飛ばした「酔いどれ知らず」などで知られるKanariaさん。

禍々しいビジュアルのMVに洗練されたアレンジ、ミステリアスな歌詞が特徴であり、英語版のGUMIにあえて日本語詞を歌わせる独特の巻き舌感あるボーカルも異彩を放つ

そんなKanariaさんの「Dec.」は、恋愛の悲痛さを歌っているようにも聴こえるナンバー。サビの頭に入るフラメンコ風のフレーズやシリアスなシンセサイザーなどが情緒的なメロディを奏でる。加えて、Kanariaさんらしい切れ味の鋭いカッティングギターにタイトなドラムによって、クールな仕上がりになっている。

ビノミ(初音ミク)/MARETU

鬱屈した恋愛感情や疎外、反出生主義をテーマにした歌詞や、個性的なスタイルのMVでカルト的な人気を持つMARETUさん。

ゲーム音楽を彷彿させるチップチューン的なシンセリードや電子音のSE、ポップな声ネタを使用する一方で、それをヘヴィメタル由来の重厚なギターやリズムセクションと組み合わせる音づくりが特徴。これにより、かわいさの裏に凶悪さが潜んでいるようなテイストになっており、怖いもの見たさをかきたてる。

「ビノミ」も、レストランでの食事を演出するSEに狂騒的な電子音のアレンジ、そしてカニバリズムを仄めかせる歌詞と不穏な雰囲気を漂わせる。オペラ風の男性ボーカルのカットアップをリフに使う平沢進さん的な着想も出色だ。

㋰責任集合体(重音テト)/マサラダ

「ライアーダンサー」「ウルトラトレーラー」などハイテンションでギミックの多い楽曲やMVが支持を集め、今最も注目される新進気鋭のボカロPのひとりであるマサラダさん。

「㋰責任集合体」は、前作までと打って変わってクールに振り切ったテイストとなっており、ファンキーなリズムのミクスチャーロック。月をイメージしたくすんだ黄色と黒の2トーンのみで統一されたグラフィカルなMVもスタイリッシュだ。

抽象的な表現で現代社会の欺瞞を露悪的に風刺しつつ、欲求の解放と無頼的なスタンスを打ち出すのが大きな魅力。口笛の挿入もアウトロー的なムードを盛り上げている。

嘘ミーム(初音ミク)/ピノキオピー

2009年にデビューして以降、シーンの一線を走り続けているピノキオピーさん。現世的な価値観を俯瞰しアイロニカルな姿勢をとりつつも、自身もそこから離れて生きることはできず、葛藤を抱えて傷ついた人に対して、エールを送るのでも突き放すのでもなく、「それでいいんだよ、多分」とその在り方を曖昧に肯定する──彼の作風を一言でまとめるとそうなるだろうか。

「嘘ミーム」においてもその作家性は発揮されており、全てが虚飾的な“ミーム”として消費されていく現代において、多くの“嘘”にすがりつつも、それでも“本当”を求めてしまう葛藤を描き出す。

シンプルなエレクトロニカ調、抑制されたサウンドに内省的な歌詞で、繊細な心に寄り添う楽曲になっている。

汀の宿(夢ノ結唱 POPY)/長谷川白紙

ブレイクコアやフリージャズを基調とする前衛性に加え、ポップさもあわせ持つ型破りな作風で存在感を放つ長谷川白紙さん。多彩なアーティストとのコラボでも知られ、直近では、『学園アイドルマスター』の篠澤広に書き下ろした楽曲「光景」の管弦編曲にブラジル音楽界の巨匠であるアルトゥール・ヴェロカイさんが参加したことも大きな話題となった。

「汀の宿(夢ノ結唱 POPY)」はその長谷川白紙さんが初めて「音声合成ソフト」とコラボした作品だ。

もともとボーカルの卓越した使い方で名をはせていた長谷川白紙さんだけあって、本楽曲も一筋縄ではいかない楽曲になっている。「この時代の新たなスタンダード・ナンバー」を目指したという最先端の音楽をぜひ耳にしてほしい。

あいたいあの子に、あわせてあげる。(重音テト、小春六花、女性1、ずんだもん)/アメリカ民謡研究会

現代のボカロシーンにおいて「ポエトリーリーディング」ジャンルを牽引するアーティストであるアメリカ民謡研究会。

「感情を持たない合成音声が読み上げる/歌う」ことにきわめて意識的であり、ときにそのこと自体をメタ的に曲中に組み込むような思弁的な作風で知られる。「その汚い手を二度と見せるな。」では、AIイラストをあえて手法として取り入れるなど話題を呼んだ。

「あいたいあの子に、あわせてあげる。」は「人間を完全に模倣するAI的存在が、もう二度と戻らない人を再現する」という世界観の楽曲。タイトルに込められた「会いたい」と「相対」、「会わせてあげる」と「合わせてあげる」のダブルミーニングも秀逸だ。

BBBang(星尘)/Magens

本楽曲は中国人ボカロPのMagensさんがbilibili動画の年越し番組に書き下ろし、日本人シンガーのReolさんが歌唱した楽曲のボカロ版。

調声を担当したCreuzerさんは卓抜した技術を持っており、2023年に発表したSynthesizer V Solariaによる「唱」のカバーは、人間と見まごう抜群の歌唱力でAdoさん本人をも驚かせた。

「BBBang」の歌唱は、「唱」のカバー版に引けを取らない撃性とインパクトを誇っている。もはや「人らしいかどうか」という評価軸を超えて、すら格好良さを追求するかのようなボーカルに聴きほれてほしい。

うらみ交信(デフォ子)/稲むり

AI技術を活用した人間らしい声のボカロソフトが台頭する一方で、機械音声らしさを色濃く残す歌声合成ツール「UTAU」もまたブームになっている

本曲のMVにフィーチャーされている「デフォ子(唄音ウタ)」はそんなUTAUのデフォルト音源であり、マスコットキャラ的存在だ。「ゆっくり音声」としても知られるAquesTalkの声をサンプリングしてつくられているというと、声質がイメージしやすいだろうか。

生者の視点から、死んでしまった“君”に向けた恨みをテーマにした「うらみ交信」。自分が呪われてでもいいから戻ってきてほしいと呼びかける曲であり、デフォ子の機械的な声の中に、悲哀の感情が確かに感じられる

AND RED END(IA)/■37

■37さんは、リミナルスペース(超現実的でどこか不気味・奇妙に感じられる人工的空間)的なイメージを取り込んだ楽曲を発表している注目のボカロP。

リミナルスペースから派生したインターネット発祥の都市伝説・怪奇創作「The Backrooms」をモチーフにすることも多いが、単に引用するにとどまらずそれをベースに感傷的でオリジナルな世界観を構築している。「ふぁうんどふってーじ」は、にじさんじのVTuber・ましろ爻さんが歌ってみたを公開するなどヒットチューンとなった。

「AND RED END」は「The Backrooms」の創作のひとつ「Level !: "Run For Your Life!"」を題材にしており、とりわけエモーショナルな楽曲だ。ドラムンベースからブレイクコアに転じる急展開に、ラストラビではOrangestarさんを思わせるような切ない歌メロとたたみかける歌唱を聴くことができる。

(※)記事公開時点で「AND RED END」はSpotifyにて配信されていないため、プレイリストには掲載されていない。

読者のあなたの2024年上半期のボカロ名曲は何?

以上、2024年上半期に発表されたボカロ曲から15曲を選評した。

読者の中には、「好きな惣菜発表ドラゴン」「混沌ブギ」「ラビットホール」などが入っていないことに疑問を感じた方もいるかもしれない。いずれも2024年に入ってからのヒットが印象的だが、2023年の夏以前に発表された楽曲だ。こうした時間差でヒットする曲が多くあることも、現在のボカロシーンの面白い点である。

もちろん、2024年上半期のボカロシーンはとてもこの15曲だけで語り尽くせるものではないし、ボカロ音楽を聴く人はそれぞれに大事にしている楽曲があることだろう。

あなたのオススメ楽曲を、ぜひコメント欄にて紹介してほしい。

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