「こいつから打つ」――4番抜擢からの6試合で6打点!低迷ライオンズ打線を牽引する岸潤一郎の“強い気持ち”<SLUGGER>

懐かしい響きだ。

「4番・岸潤一郎」――彼が甲子園で輝いていた頃、いつもチームを勝利に導いていた姿を思い出す。明徳義塾高の中心選手として、岸は2012年夏から3年間、甲子園で躍動した。

その岸が、最下位に喘ぐライオンズで4番を任され、7試合連続安打(6月29日終了時点)と結果を残している。首脳陣も、本人自身も「(プロの)4番を張るようなタイプではない」という意見で一致しているが、現状のチームでは最もその座にふさわしい活躍を見せていると言えるだろう。

「高校の時は4番というよりピッチャーだったんで、バッティングは二の次だったかなと思います」

身長174cmと高い方ではなく、スラッガータイプというよりもつなぎの打者だ。それでも、現在はチーム2位の5本塁打を放ち、OPS(出塁率+長打率).700は規定打席未到達ながらトップ。4番に抜擢されるのも当然と言える。

今季の西武は「4番不在」に悩まされている。開幕当初は新外国人のアギラーが務めていたが、日本のストライクゾーンに苦しみ、打率.204と低迷。5月上旬には足首の故障で登録を外れた。

代わりにベテランの中村剛也が多く務めることになったが、得点圏打率.095とチャンスに苦しんでいる。チーム事情が苦しい状況で、ベテランの身体に鞭を打ち、少々のボール球であっても振りに行く。そうしたアプローチが本来の打撃を苦しめているようなところもある。

そうした中で、岸が6月21日のオリックス戦から4番に抜擢された。 平石洋介ヘッドコーチは岸の4番起用についてこう明かす。

「最初はアギで始まって、中村剛也も得点圏でなかなか結果が残せないというところで、我々としても、4番にスラッガータイプを入れんでもええんちゃうかと考え始めたところだった。(渡辺久信)監督代行からもそんな話があって、打席の中で粘ったり、エンドランをしたり、何でもできる岸が適任じゃないかという話になりました」

ここで危惧しなければいけなかったのは、4番タイプでもない岸がそのプレッシャーに耐えきれなくなって、自身を見失ってしまうことだ。多くの選手は「どんな打順でもやることは同じ。関係ない」と口にするが、ファンが4番に求める水準は高く、そう簡単に開き直れるものでもない。

ただ、昨季から外野のレギュラー争いの渦中にある岸自身にとって、今回の4番起用がさらなる成長につながる部分もある。「ストライクゾーンで勝負してくれないんで、(4番は)嫌っす」と冗談を飛ばした後、岸ははこう語った。

「後ろに中村さんや外崎(修汰)さんがいることが多いので思い切りいけるところはあります。栗山(巧)さんの打席を目の前で見れているのは勉強になっていますね。あれだけどっしりストライク・ボールを見極めていて、初球から行く時はしっかり捉えていらっしゃるので、栗山さんの打席を一番いい席で見させてもらっているので自分の糧にしなきゃなと。いろいろ経験して自分自身の成長につなげたらなと思います」
成績こそ低迷しているが、栗山の優れた打席アプローチは健在だ。ヒットになりにくいようなボールには手を出さないし、それは甘い球であっても同じ。彼なりのストライクゾーンがあり、そこを設定しながらボールにコンタクトしていく。

「クリの打席がね、本当に1打席1打席意味があるんですよね。若い選手に見習ってほしい」と渡辺監督代行も口にするほどで、当然、岸に与えている影響も大きい。

岸は言う。

「狙ってないボールにわざわざ手は出せなくなりました。今まではどんな球にも反応して全部を打とうとしていていたんです。ちゃんと自分が打てるところを当てに行くということができるようになりました」

日々の練習で技術を上げることはもちろん、大先輩の打席アプローチを間近で観察できるようになったことは、岸を大きく成長させている。「特等席です」という表現からも、重圧に苦しむことなく4番という重責に向き合っていることがうかがえる。

そして、岸の特筆すべき点は勝負強さだ。6月25日の日本ハム戦、28日の楽天戦では先制タイムリーを放ち、勝利に貢献した。4番抜擢からの6試合で6打点。期待以上の活躍を見せている。

もっとも、岸は4番に座る以前からここ一番での活躍は目立っていた。5月26日のオリックス戦では、クローザーのマチャドから8回裏に3ラン本塁打を放つなど、西武の勝利の場面に必ずといって言いほど顔を出しているのが岸だった。

「一発で仕留める力がある。運っていうか、甲子園のスターだからそういうのを持っているのかもね」 渡辺久信監督代行はそう語ったが、「それは関係ないですね」と完全否定する岸には、野球選手として長く染みついているマインドがある。

「僕は対戦する投手を意識しますね。だから、言い方は悪いですけど『こいつからは打ちたい』と思って打席に入っています。受け身になるのが自分は嫌で、いい意味で上からというか。言い方を変えれば『俺ならいける』なのかもしれないけど、それだと慢心みたいなので『こいつから打つ』。そういう意識は持っています」

チームスポーツとは言っても、打席に入れば相手投手との「個と個」の勝負。その中で、岸は自分を奮い立たせながらピッチャーと対峙しているのだ。

「自分がレギュラーとはまだ思っていないですけど、試合に出ることが増えてきて(身体の)ケアの難しさを感じます。本当に、毎日、身体(のコンディション)が違うんで。そこを難なくこなしているように見えるレギュラーの人はすごいと思うし、それができてこそレギュラーなんやろなと思います」

定位置獲得に加え、4番に抜擢された激動のシーズン。岸潤一郎は今や、西武に必要不可欠な存在となっている。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

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