泡の下はパラダイス!「透き通るような柔肌に差し色際立つ、色白スレンダー」が身をよじる【渓流釣り】

渓の流れに溶け込みそうなほどの透明感あるイワナ。上品にメイクを施したようなフェイスも素敵(撮影:杉村航)

ようやく梅雨入りした関東甲信越。干涸びかけていた山々に恵みの雨をもたらし、渇水していた川も少し潤いを取り戻したようです。「雨が降ると魚が動く」という言葉に期待して、長野県南部に位置する天竜川水系の渓流へフライフィッシングに出かけてきました。

※今回の釣行は、降雨から3日後に行っています。まとまった雨の後は、増水以外にも斜面の土砂崩れや落石、倒木のリスクが高くなります。入山のタイミングは慎重に判断してください。

■歩いた分だけ報われる!? ひんやりとした流れでクールダウン

爽やかな風が優しく頬を撫でていきます。朝8時、標高1,000mに近い高原の気温は16℃で少々肌寒いほどでした(早朝だとクマとの遭遇が怖いので、少しでもリスクを減らす手段の一つとして十分に明るくなってからスタート)。このところ遡上魚を狙って里での本流釣行が続き、暑さで少々疲労が溜まっていたところでしたので、ほっとひと息つけそうです。「このままオフにしてしまいたい」 そんな誘惑に駆られましたが、どうにか登山口から歩き出すことができました。

標高が上がっていくにつれ気温は下がっていくはずですが、それより時間の経過による気温の上昇が優っているようです。道中は豊かな森が日傘のように太陽を遮ってくれているのですが、足早に歩いていると暑さに参りそうになってしまいました。当初の目的地を目前に「このあたりの方が渓相もいいし、いい釣りができるに違いない」と言い訳しつつ、スタートから2時間ほど歩いたところで足を止めました。

とろんとした水の表情。つい水に浸かりたくなってしまいます

そこまで続いていた高低差の激しい箇所を抜けて傾斜が緩み、流れの緩急のバリエーションに富んだ区間でした。日陰と日向のバランスもよく、気持ちよく釣りができそうです。

水量こそ平水より少ない感じでしたが、水温は11℃。数日前のまとまった降雨の影響でしょうか、前回(2か月前に)訪れたときよりずっと低いです。普段は温泉に行っても水風呂に入れない筆者ですが、今ならすんなりと水に浸かれそうな気持ちでした。

■深さのある反転流、泡下が絶好調!

アングラー、とくにフライフィッシャーの基本として、まずは流れをじっくりと観察するのを習慣にしていますが、カゲロウ、カワゲラ、トビケラといった代表的な水生昆虫たちが地上はもちろん水中においても乏しいようです。その代わり、入渓と同時に纏わりついて離れないブヨやアブ、オドリバエの仲間たちが目立っていました。

黒っぽいボディのドライフライを流すと小気味よく水面が割れます。ここまで歩いた甲斐がありました。「居そうだな」と思うポイントのほとんどからイワナが顔を見せてくれます。

透明度が高く、白っぽい川床まで見通せるような流れ。その環境に適応するように色白のイワナたちが多く、ヒレの縁取りや体側の朱点が際立って艶やかです。そうかと思えば、日陰がちな暗い深みから黒っぽいイワナも飛び出してきます。いかにも雰囲気のある大場所のプールであっても“かけ上がり”に定位していることはほとんどなく、流れの脇の反転流、とくに水深があって泡の浮いているような場所の岩のエゴ(窪み、陰)には必ずといっていいほど良型のイワナが潜んでいるようでした。

■尺クラス連発! 釣り上がるほどに好釣果

美しい姿にうっとりします。放流もされていない山の中。途中には堰堤がいくつもあるので(大昔は分かりませんが)紛れもなくこの川育ちのイワナたちです

途中で沈黙の(釣れない)区間もありましたが、その後は釣り上がるにつれどんどん魚の反応もよくなり、同時にサイズも大きくなっていきます。昨日まで本流で苦戦続き(ボウズ)だったため、「山に来てよかった」という思いがグッと込み上げます。

泡の立った反転流に乗せたフライが、上段から勢いよく流れ落ちてくる水流の白泡部分に差し掛かかろうとしていました。そのタイミングで入渓してからずっと付き纏っていたブヨが目に入り、一瞬フライから目を離した次の瞬間、フライが消えていました。

いつの間にかリーダーが流心に引き込まれ、ロッドが弓なりにしなっています。魚が出る瞬間を見ていないだけに最初こそ半信半疑でしたが、明らかに大きなイワナが掛かっています。岩下に潜り込んでいくイワナの動きにグラスロッドがしなやかに追従してくれていますが、ティペット(ハリス)がいつまで保つか不安になります。

「せめて姿だけでも拝みたい」 そう思った瞬間にテンションが抜けました。フライはティペットに付いていました。うまく(バーブレス)フックを外されたようです。逃がした魚は大きいですね……。

■キャッチしたのは、透き通るような柔肌に差し色際立つ色白スレンダー

釣り上がっていくと、大きな岩が累々と流れを堰き止め、その間を水が勢いよく流れていました。その流心脇の反転流は深さもあり、水中に沈む岩の陰が薄暗く口を開けています。イワナはなかなか出てこないですが「必ず大物が入っている」と確信していました。

何度も微妙に落とす場所や流し方を変えながら「この次で出なければ、(フライを)沈めてみよう」 そう思った一投、泡の縁に漂うフライを目指して悠然と浮上してくる魚影! 躊躇せずフライを咥えて水中へと潜っていきました。ロッドが激しく曲がっている感触を味わいながら、一段下に魚が落ちていかないように耐えます。手前側が水勢のある流心のうえに足場が悪く、どうにか魚を寄せてもネットが届かず苦労しましたが、どうにか無事に迎え入れることができました。

ネットの中で元気よく身をくねらせ、何度も飛び出しそうになったのは、わずかに尺に届かない色白のイワナでした。モデルのような細身のスレンダーボディは透き通るような柔肌で、頬(エラ蓋)のラメ感が印象的で色っぽさを感じてしまいます。肌を傷つけないよう、火傷させないように、それは丁重に(もちろんフライを外す時も手で握らないように)扱って写真を撮り、早々に流れに返しました。

ここまで釣り上がるにつれ、どんどん魚の反応もよくサイズもアップしていたので、さらに釣り上がりたい気持ちはあります。空を見ると徐々に雲が厚くなっているような気がしました。翌日からはまとまった雨が降る予報になっています。出発前に見た予報では日中は、(上流の稜線付近も含め)雨が降らないことになっていました。しかし、所詮は予報に過ぎません。帰り道は往路を引き返すしかなく、当然釣り上がるほどに下までは遠くなります。若い頃にはさらに突っ込んで痛い目を散々見てきました。後ろ髪を引かれつつも、楽しい思いをしているうちに渓を離れることにしました。

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