仕事で悩む若者は適応障害なのか 【第15回】「ノー」と言えない若者。ノーは言うものではなく感じ取ってもらうもの!?

第5章 適応障害についての疑問・2

③長時間労働

辞めたい、でも辞められない

それと多分、若者は否定的なことを言うのに慣れていないのだと思います。ノーと言えない。職場に対しては余計に言えないでしょうが、ノーということ自体、相手を傷つけるように感じているのかもしれません。

確かに、日本人の性質かもしれず、ノーは言うものではなく感じ取ってもらうだと思っているかもしれません。よく様子を見ていると、人を傷つけると、傷つけたという自分に傷つくというよくわからない心理状態を呈していることもあります。

人を傷つけるというようなことをした自分に自分が傷つくのです。そして落ち込んだりします。(自分に傷つくのではなく、傷つけた相手のことを考えては~?)なんて思ってしまいますが、念入りに自己防衛するように、否定的なことを言うことを避けています。

そして自分に責任が負えない、負いたくないということもあります。エピソードで紹介しましたが、メンタルクリニックの診断書を利用するある意味〝健康な〟若者もいます。

利用するという点において主体性があります。休職の診断書を書いてもらって、診察室から出てくる時は入った時と打って変わって明るい表情になっていることもあります。

誰かに自分を定義してもらいたい、弁護してもらいたい、合法的に、誰からも責められない仕方で、希望する切符を手に入れたい。

もれ聞こえることをまとめてみましたが、いくつかの事柄が入り混じっていることもあるでしょうし、別の要素もあるでしょう。しかし辞めるということに簡単にはたどり着けずにっちもさっちも行かない状態に陥りやすいようです。相談相手の少なさや人生経験の乏しさからくる問題解決能力の低さも手伝い若者を苦しめるのでしょう。

「辞めるのはよくない」という思いについてですが、この「よくない」というのはひとつの価値です。何がよいのか善であるのか、美しいのか美であるのかは、その時代や社会によりますが、ざっくり言って日本では「和」や「義」や「道」に価値を置いていると考えられます。

それに伴う美意識もあります。それぞれが形成された歴史的な時代の層があると思いますが、たとえば近代では明治以降国体という大義、戦争では特攻隊のような美しさ、それは正しさや善というよりも命を懸けるほどのものがあるという美しさのようにも思います。

それは戦いの中での美しさです。日本は敗戦、復興、高度成長の過程で、企業戦士として命がけで戦うことが大義にかなったものであり、美であったのかもしれません。それが多くの人に波及し、会社や職場に尽くさず辞めることは悪いことであり美しくないという意識が根づいていったと考えられます。

だんだんと終身雇用も少なくなり退職、転職が当たり前のようになってきていますが、辞めることに背徳感や罪悪感を抱いてしまう若者も少なくありません。親世代を含め、これまで続いてきた価値を反映しているのでしょう。

またノーと言えないやさしい真面目な若者は、その価値を振り切ることも難しいでしょうし、現代の労働社会を泳ぎ切る自信もまだないかもしれません。このような価値観が根底に生きていて、辞めることに何となく後ろめたさを感じるのではないかと思います。

身体症状というサイン

問題の身体症状です。身体症状を起こす精神障害はパニック障害などいくつかありますが(ご興味のある方は章末の〈ちょいたし④〉をご覧ください)、どれも当てはまりません。

メンタルクリニックを訪れる人は身体症状を訴えることも多く、標榜としては精神科とセットで心療内科があることが多いですから当然とも言えます。

心療内科は1960年以降普及し心身症、精神身体病の治療として注目されました。当初は精神的なストレスによって明らかに身体的病変を呈するものに対する治療という印象がありました。強いストレスによって「胃に穴があく」などです。

しかし最近は、主観性の強いうつ的な気分の訴えが多く、身体的にも機能的な訴えが多い印象です。内科を経由してくる人もいますが、身体的異常はないかあっても軽微なことが多いです。

若者たちもこれに含まれ、はじめはふわふわ病かな、なんて悪口を言っていましたが、身体症状とうつ的気分がセットになっており、大体よくなるには3カ月くらいかかり、何らかの事由でそれ以上かかる人もいます。

昔話題になった新型うつ病のようにストレス因が目の前から消えると元気になるゲンキンな人もいるでしょうが、現在私が経験するなかではあまりお目にかかりません。


※本記事は、2022年9月刊行の書籍『仕事で悩む若者は適応障害なのか』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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