「袴田事件」発生から58年「幸せな人生を奪われた」「えん罪なら真犯人はどこに行った」翻弄された遺族と現場

いわゆる「袴田事件」は6月30日、発生から58年が経ちました。袴田巖さん(88)の冤罪の可能性をめぐって「袴田事件」と呼ばれてきましたが、一家4人が殺害された事件であることを忘れてはいけません。

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<社会部 山口駿平記者>
「58年前の6月30日、事件はここで起きました。まさにこの時刻の午前2時頃、線路の向こう側にあった住宅に火が放たれ、約30分後に鎮火しましたが、焼け跡からは未成年を含む一家4人の遺体が見つかりました」

30日、静岡市清水区では、やり直し裁判が行われている袴田巖さんの無罪判決を求める集会が開かれました。

<袴田巖さんの姉 ひで子さん(91)>
「まあ、58年前は大変でした。巖が捕まって…」

1966年6月30日、旧清水市(現静岡市清水区)のみそ製造会社の専務、妻、長男、次女がめった刺しにされ、殺害されました。

<事件現場近くに住む人>
「(自宅の)2階から見てね、すぐそこで煙が出ているんですね、当時、『あれぇ』と思ってね。よく専務とは、消防で一緒にやりましたからね。さっぱりした前向きな方でしたね」

警察は、事件発生直後からみそ製造会社の従業員で元プロボクサーの袴田さんを捜査していました。

渡辺昭子さん(90)です。4年前に亡くなった夫・蓮昭さん。袴田さんと家族ぐるみの付き合いをしていました。事件から数日後、警察が渡辺さん夫婦を訪ねてきました。

<渡辺昭子さん>
「(警察が)うちの主人と話して、『火災は袴田に違いない』(と言った)。『そんなことない、おなかちゃん(袴田さんの当時の呼び名)がそんなことできるわけない』と清水署の人と言い合いでしたよ」

58年の時を経て、開かれている袴田さんのやり直し裁判は、過去の事例から見ても、無罪判決が言い渡される公算が大きくなっています。半世紀近くにおよぶ拘留と死刑執行への恐怖から妄想の世界と現実の世界を行き来する袴田さん。釈放から10年が経っても変わりません。

袴田さんの無実の訴えと、信じてきた人たち。それがまもなく実現しようとしていますが、失われた時間は戻りません。

やり直し裁判の審理最終日。検察は遺族が寄せた書面を読みあげました。

「尊い4人の命が奪われた被害者がいることを忘れないでほしい。母は幸せな人生を奪われたと訴えたい。事実を再度精査し、真実を明らかにしていただきたい」

58年間、事件に翻弄されたのは、袴田さんだけではありません。

<地元住民>
「『真犯人はどこに行っちゃった?』ってみんな言う。袴田さんが無罪になるら、えん罪で。だから、警察、真犯人はどうしてるだって」

<袴田さんの姉・ひで子さん>
「きちっと調べて、犯人がしっかり捕まってりゃ、えん罪事件なんて起きないし、えん罪が起きるっていうことは被害者もそうだけど、巖もそうだけど、みんな迷惑被っているのよ」

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