「ドイツ代表が取り組む新戦術、王座奪還への秘策となるか」

失意のままに終わったロシアワールドカップから早二か月。

解任論も叫ばれた中、ヨアヒム・レーフ続投を決断したドイツ代表の目指すべき目標はただ一つ。

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木っ端微塵に砕かれたプライドを取り戻すための「王座奪還」である。

フットボール大国として世界をリードしてきた絶対王者の今後の四年間は、ドイツ国民ならずとも注目を集めることだろう。

そこで今回は、ロシアの地で表面化した弱点の解消に取り組み、果敢に戦術的変化に挑戦する彼らの今を取り上げ、「リベンジ成功」の可能性を探ってみたい。

「クロースシフト」の課題

ここ十年近くに渡ってドイツ代表の心臓部を担ってきた男の存在は、あえて言及する必要はないだろう。稀代のパスマスターであるトニ・クロースだ。

しかし、先のワールドカップでは彼の存在がメリットよりデメリット面を映し出してしまい、早期敗退の一つの原因となってしまった。

その理由は端的に言ってしまえば、ドイツが攻撃を組み立てる際にクロースという存在が絶対的でありすぎるが故に、対戦国からすれば非常に分析しやすかったためだ。

レーフ政権下のドイツは、ビルドアップに特徴がみられるチームであることは有名である。

DFラインから攻撃を組み立てる際の代表的なメカニズムは、両サイドバックは敵陣の高い位置を取り、センターバックの二人は左右へ広がり気味にポジション移動。そこで空いたセンターバックの間にボランチのクロースが落ちてきて、三人で攻撃の起点となる方法だ。

両サイドが相手守備陣に圧力をかけることで敵陣深い位置でのプレーがしやすくなり、視野が広く広範囲にパスを散らせるクロースのスキルも十二分に活きる。まさに非常に理にかなった攻撃方法と言えるだろう。

しかし、それはクロース経由の攻撃が必然的に増加してしまうため、「狙い所」にも変わりやすいという弱点も同時に抱える。

実際、上述のワールドカップにおけるグループリーグ初戦で対戦したメキシコにはその弱点を再三に渡って突かれ、手痛い失点の一因となったことは記憶に新しい。

だが、この問題に対して、この9月に行われたUEFAネーションズリーグと親善試合の二試合にて、レーフは一つの解決策を提示してみせた。

「デコイアンカー」としてのキミッヒ抜擢

直近2試合におけるドイツ代表のフォーメーションはいずれも4-1-4-1であった。

ビルドアップ時には今回も例に漏れず、並びが変化する可変型システムを用いるが、基本陣形はアンカーポジションにワールドカップでは右サイドバックで起用されていたヨシュア・キミッヒを置き、クロースをインサイドハーフへ回した形となっている。

そして、このキミッヒとクロースの位置関係が非常に面白く、レーフが練る新戦術が垣間見えた箇所だ。

「ビルドアップ時にポジショニングが変化する」という特徴はこれまでと変わらないが、その変化形にバリエーションが加わったのである。

まず、DFラインがボールを保持してビルドアップする際、両サイドバックを高い位置に上げ(若干この両サイドバックの位置取りにも変化が見られるが、今回は割愛する)、センターバックとボランチが攻撃の起点となることには変わりはない。

しかし、クロースの位置取りはこれまでのセンターバックの間ではなく、センターバックの横側へと変わった。

この考えは現在のサッカー界においては決して珍しいものではなく、採用しているチームは少なくない。ペップ・グアルディオラのマンチェスター・シティがその代表格で、ジネディーヌ・ジダン政権下のマドリーでも度々見られたものだ。近代フットボールの教科書とも呼べる「ポジショナルプレー」の概念に沿ったものである。

だが、新生ドイツ代表では、ここに一つの味付けがなされている。それはキミッヒのポジショニングだ。

基本的に彼は、クロースを追加した3人のDFラインとの頂点に位置し、ダイアモンドの陣形を取る。ここまでは、ポジショナルプレーの原則に沿っているわけだが、彼のここでのメインタスクが目を引いた。

それは、相手のファーストディフェンダーに該当する選手の意識を自分に集めさせる、「おとり=デコイ」としての役割も兼ねたアンカーのような立ち回りをしきりに見せたためだ。

特にフランスとの試合では顕著に見られた。

フランスは、基本陣形は4-2-3-1であるが、守備時はオリヴィエ・ジルーとアントワーヌ・グリーズマンがファーストディフェンダーとなる4-4-2に変化するのが特徴的。この試合でも、ドイツのビルドアップに彼らが最前線から網を張ってきたのだが、ここでキミッヒが取ったポジショニングは、この二人を牽制するような意図が感じられるものばかりあった。

「自分がボールをもらいにいくことよりも、後方の三人、特にクロースがプレッシャーの掛かりにくい状態でボールを保持することを優先した動き」とも表現できるだろう。

このメカニズムが即興で生まれたものか、はたまた実験的にトライしたものかの判断は今後の動向を注視する必要があるが、少なくともこれまでのドイツ代表ではあまり見られなかったものであることは間違いない。

そして、このキミッヒの工夫によりクロースは自由にボールを触る時間を手にし、主体的な攻撃に幾度となく成功したことも事実だ。

ちなみに、この試合ではフランスがこのドイツの新戦術に対して対応策を試合途中に施し、さらにまたドイツが変化を加えるという流れも非常に興味深いものであったが、その件はまた機会があれば触れてみたい。

新オプションへの挑戦

ワールドカップ終了後、レーフは代表選手たちが集まる場で「新たなオプションにも挑戦していきたい」と宣言したと言われている。

その言葉には様々な思惑が隠されているだろうが、彼が口にした「新たなオプション」の一つとして据えられる可能性が高いのが、ダイレクトプレーや対戦相手に合わせた戦術の採用かもしれない。

これまでのドイツ代表は、どちらかと言えば、ボールを保持しながら敵陣をいかにして攻略するかに時間を割いてきたチームだ。

パス本数を最小限に減らして最短距離でゴールに目指すダイレクトプレーや、相手チームの長所を消して弱点を突く戦術は避けてきたイメージが強い。

前述のワールドカップにおけるメキシコ戦では、攻めあぐねる中でも「ボールと人の動きで崩す」という方法に終始し、最終的にバランスすらも崩してしまった姿が印象的であったが、自分たちが志向してきたサッカーを捨てられなかった結果と言える。

続くスウェーデン戦では終盤戦にティモ・ヴェルナーのスピードを活かすサイドアタックを、ビハインド状態となった第三戦の韓国戦では最前線にロングボールを放り込むパワープレーを見せたものの、いずれも攻め手を失っての苦肉の策だった。

「プランAが手詰まりになったことで、能動的にプランBを採用した結果」と評価できる類のものではないだろう。

だが、彼らの戦い方がここにきて変化を起こしそうな気配を見せている。

それは、この2試合において、試合毎、試合途中にこれまでにあまり見られなかったゲームプランに挑戦する意識が見られたからだ。

まず、フランス戦において特徴的であったのだが、サイドバックの起用法である。

これまでのドイツは、サイドバックに守備よりも攻撃性能(組み立てやチャンスメイク)を求める傾向が強かったが、この試合でレーフが取ったのは、マティアス・ギンターを右サイドバックに、アントニオ・リューディガーを左サイドバックに据えるというものであった。いずれも本職をセンターバックとしている選手をサイドバックに置いたのだ。

当初のプランには、ホッフェンハイムの※ニコ・シュルツの抜擢するというものもあったかもしれない。抜群のスピードと攻撃センスを備え、ユリアン・ナーゲルスマン監督の下で急成長を見せている25歳の左サイドバックだ。

だが、彼は最も脅威となるだろうキリアン・エンバペに対して、対人能力が高くスピード勝負も得意なリューディガーをマッチアップさせるというプランを選択したのだ。

つまり、自チームの優位性を高めるのではなく「フランス代表の最大の武器を消しにいく」というゲームプランを採用し、不安要素の払拭を優先したのである。

そして、同じく右サイドバックの考えたにも変化が見られた。

これまでここのポジションはキミッヒの定位置であったが、彼をアンカーに動かしたことにより空白となった。そこで、誰が新たに右サイドバックに据えられるかに注目が集まっていたが、この二連戦で起用されたのはボルシアMGのギンターであった。ドルトムントでプレーした頃には右サイドバックで起用されることも度々あったが、彼もリューディガーと同様に本職はセンターバックである。

また、ペルー戦では途中からPSGのティロ・ケーラーが代表初キャップを飾ったが、彼が使われたポジションも本来のセンターバックではなく、右サイドバックであった。

これらの理由には様々な要因があるだろうが、少なくとも言えることは、レーフの頭の中には、これまでにはなかった起用法も積極的に挑戦するというアイデアがあるということだ。

リューディガー、ギンター、ケーラーの三名がそれぞれがセンターバックとは思えぬチャンスメイクを見せてくれたことまではは、さすがの彼でも予想していなかったかもしれないが、戦術的な幅が広がったことは間違いない。

このままセンターバック陣のコンバート策を継続させるか、または純正のサイドバックを招集していくかも一つの論点となるだろう。

※シュルツはフランス戦では出場機会がなかったが、ペルー戦で先発出場を果たし、決勝弾をマークした。

温故知新なアプローチ

今から遡ること20年ほど前のドイツ代表と言えば、シンプルなサッカースタイルが定番であった。

自慢のフィジカル能力を活かし、縦に早い攻め、サイドからのクロス攻撃が彼らの十八番であったことを若いサッカーファンには想像できないだろう。それほどまでに彼らのスタイルは大きく変化したからだ。

しかし、その伝統も言うべき攻撃手法がこの2試合では復活の兆しを見せた。

無論、ベースとなる攻撃は変わりない。しっかりとボールを保持し、ボールホルダーに対して周辺の選手が効果的なポジショニングとランニングを敢行。パス交換と動き出しの質でアタッキングサードを攻略する方法だ。

だが、フランス戦、ペルー戦において度々見られたのが、プレッシングからの素早い攻撃であった。

これまでもハイプレスからのショートカウンター、特に相手のカウンターアタックを未然に防ぎ、自分たちのカウンターに持ち込む「リカウンター」は彼らの武器であった。数年前にEUROやワールドカップを制した時、最大の長所の一つとなっていたのもこれであった。

その後、ロシアワールドカップへの予選、本大会と相手チームとの相性的な問題もあり、徐々にその存在は薄まっていったのだが、ここにきてリバイバルの気配を見せている。

特にペルー戦においては、彼らが「ゴールキック時にGKからのビルドアップを率先して行う」というチームスタイルを志向していたこともあり、何度も連動したハイプレスから決定機を創出。スコア上では2-1と僅差であったが、そこから生み出したチャンスの数を見れば大勝してもおかしくないほどであった。

そして、同様に再注目されそうなのが「サイドからのシンプルなクロスボール攻撃」だ。

今回、サイドバックの選手にセンターバックの選手を起用したことも影響しているだろうが、サイドにボールが展開された後、周囲とのパス交換を省略し、早い段階でDFラインとGKの間に鋭いボールを入れるシーンが目立った。

最前線に起用されたティモ・ヴェルナー、マルコ・ロイスとこの攻撃は少々ミスマッチであったこともあり、なかなかタイミングが合わなかったが、トーマス・ミュラー、ニルス・ペーターゼンのようにターゲットプレーを得意としている選手も擁しているため、ドイツの攻撃のオプションとなるケースは十分に考えられる。

リベンジ達成の可能性は?

ここまで変わろうとしているドイツ代表の「今」について触れてきたが、現状だけでは彼らが再び王座に君臨する日が訪れるか否かは何とも言えない。

彼らが挑戦するいくつかの変化要素が、一過性のものなのか、はたまた中長期的な視点に立っての取り組みであるかが読めないためだ。

少なくともEURO予選が始まる来年春までの流れは追ってから判断するべきだろう。

だが、断言できることは、変革を恐れないドイツ代表は極めて恐ろしい存在になり得るということだ。

2004年のEUROで一勝もあげられずにグループリーグ敗退を喫した後、ユルゲン・クリンスマンからヨアヒム・レーフへの監督の座が受け継がれた時も根幹からその戦い方を考え直し、その後の復活に成功した。

一種の限界点のようなものを感じた彼らが迎える14年ぶり転換期。その行く末は世界のサッカー界にも大きな影響を与えるかもしれない。

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