想像上の友人 人間のもろさ 第2章(2)『真実のとき(Moment of Truth)』

(写真:Shutterstock)

我々は何度も同じ問題に直面した。受け身の抵抗、曖昧さ、そして無視である。我々は人が何を言うか、それをいつ言うかが分かるまでになった。奇妙に思うかもしれないが、この現象を説明するために想像上の友人を作ることにした。その名はブルースである。

ブルースはマニアである。マニアというのは熱狂者の意味であり、緊急事態対応の世界を好み、災害の中にいることを心地よいと思う人間のことである。ブルースは身長180センチ、粋なロゴが刺しゅうされたポロシャツの下に目立つ太鼓腹を自慢げに見せている。日に焼けた大きな顔にはしかめ面と巨大な灰色の口ひげがある。首には一握りの光るカードを吊るしたラニヤード(首ひも)をかけている。
ファーストレスポンダー(第一対応者)だったことがあるので、経験が豊富である。大混乱になったときは現場でそばにいてほしい人物である。危急のときには、鉄の扉も、官僚的な形式主義も、何も彼の人命救助を止めるものはない。
社交的である。よく笑い、冗談も多いが、同時にこだわることもある。例えば以下のようなことである。

自信がある:多くの仕事(災害対応)をしてきたので鋭敏な本能が身に付いている。判断をするときには、その本能に頼るが、彼にとってはそれが良い結果となっている。何が起きるか、起きたときに何をするかを知っている。
ありがたいのは今現在、彼の直感によれば問題はないということである。この地上に、何の差し迫った、避けがたい災害の兆候もないとのことである。

後知恵が完璧である:全ての災害の後、何らかの時点で、この災害は来ると分かっていたと自分を納得させる。災害につながった好ましくないことのほとんどについて、申し分のない説明をする。

予測可能性を好みばらつきを嫌悪する:大方の人と同様に、ばらつきのある不規則な雑音を貴重なデータだと解釈する。新情報を改良して将来の予測にする。災害は不規則であり計画外のものであるが、明白な歴史の進行に一致するものであると考える。

新しいものを認識するのが遅い:我々と一緒に9.11の時代を生きてきたわけであるが、ブラックスワンを信じない。ターレブが言う「ベル型のカーブのパラメータの中」で思考し、大きな乖離(かいり)を無視する。だからブラックスワンが来ると驚き、そのインパクトが極端であることにショックを受ける。しかしそれはそれでよい。なぜならば事後的に作り上げる説明によって最後は再び予測可能なものとなるからである。

複雑なことが嫌いである:自分が何を知っているか、それはそれだということを知っているシンプルな人間である。新しいアイデアはあまり好きではない。アイデアということでブルースが思い起こすのは、現実のことは何もしないでサロンに座ってフレンチ・シガレットをふかしながら過ごす柔弱な哲学者である。その上アイデアは抽象的すぎるし、考えなければならないことが多すぎる。

ストーリーが好きである:アイデアは敬遠し、その代わりストーリー、中でも苦労話をよくする。苦労話というのは、災害においては一般に忘れることのできない個人的な経験である。ブルースは苦労話を、複雑性をブロックするのに利用し、議論が複雑になりそうな兆しがあると、そして思考の回路が頭の中で回転を始めるや否やそれを持ち出す。実際に彼が経験したものもあるが、単なる伝聞であることも少なくない。

(写真:Shutterstock)

9.11後のニューヨーク市でOEMが格闘したブルースの偏見の中でも最も恐るべき敵だったのは、ストーリーである。ストーリーはアイデアを聞き手が受け入れやすい形で伝えることができるので学ばせるのには好適である。だがストーリーは危険でもある。小さな満足感を与えてしまうからだ。全く理解していないのに分かったと思わせてしまうのである。

悪いストーリーは頭の中の岩である。硬くて動かすことができず、思考のために必要なスペースを占拠している。この本の使命は悪いストーリーとはどんなものかを述べ、神話として追いやることである。同時にそれらに代わるものとして良いストーリーでいっぱいにしなければならない。
悪いストーリー、災害ビジネスにおいては最もひどい神話から始めよう。地域社会全体の神話である。

 

地域社会全体の神話

このよくあるストーリーでは、自然災害・テロ行為・パンデミックなどの災害に備えるのは政府の責任ではない。地域社会全体の神話では、個人、家族、企業、社会奉仕団体、地域活動団体、非営利グループ、学校など、全ての者がレジリエントな国を作るために、手と手を携えて協力している。あまりに聞こえが良すぎて本当ではないのではないか、実際そうなのである。

今日、個人、家族、企業、社会奉仕団体、地域活動団体、非営利グループ、学校は多くの問題を抱えている。宿命論・反抗的な態度・コスト・筋違いの自信・自己満足・信頼・古き良き先送りなどの問題が準備の真の前進を妨げている。

全ての神話と同様に、地域社会全体の神話には一粒の真実がある。大勢の人が災害の準備に汗を流しているということだ。集合体のレジリエンスを高めるために、あらゆる場所で、組織化された方法で、それが同時に行われているという考えは虚構である。誰もが何かをしているというのは、誰も何もしていないというのに等しい昔ながらの混乱した考えである。

地域社会全体というのは災害専門家が作り上げたストーリーである。それがあるという人がいるのは、責任を回避することができるからである。国の災害対応準備をリードするのは自分たちの責任というよりは、それはあなた方の責任だと言い返す方がずっとたやすいことである。

 

七面鳥のストーリー

悪いストーリーにとって代われるのは良いストーリーだけなので、良いストーリーは貴重である。良いストーリーの例は、ターレブの七面鳥のストーリーである。

「毎日たらふく餌をあてがわれる七面鳥を考えてみよう。
一回一回の餌のたびに、七面鳥のことを思う人類の友人から毎日餌が与えられるのは一生の決まりなのだという信念が固められる。勤労感謝の前日、水曜日の午後、彼らに予期しないことが起きる。それは彼らの信念を覆すことになる」。

これは、いい話があるから良いストーリーなのではない。それは我々に極めて重要な教訓を与えてくれるから良いストーリーなのである。過去に起きたことはこれから起きることとは無関係である。七面鳥の信念は餌の回数が増すごとに強まり、目前に迫った屠殺(とさつ)が近づくにつれてますます安全だと感じる。

七面鳥が翌日まで生き延びるとすれば、それは不死であるか、死の一日前であるかのどちらかである。もし我々が明日まで生存するとすれば、我々の重要なインフラが絶対確実なものであり社会安全システムが不可侵なものであるか、大災害に一歩近づいているかのどちらかである。
いずれの結論も同じデータから導かれたものである。

我々はみんなブルースである
ブルースはたくさんのことを頑張ってやっている。ドローンや無線機のようなテクノロジーツールを扱うのが得意である。緊急車両を彼より上手に運転できる者はいない。しかし我々の準備に立ちふさがるのはその偏見である。あらゆる出会いや、あらゆる会話において、我々はその偏見を克服するだけでも2倍も働かなければならない。
今ではあなたは「このブルースとは一体何者なのだ」と自問しているかもしれない。
OEMにとっては理由をつけて人員や資源の投入をコミットしない幹部職員だった。災害訓練は時間の無駄であるとこぼす区長だった。最悪のシナリオにはならないと”知っていた“消防署長だった。

ブルースの偏見は人間のもろさの典型であり、我々の中にはみんな何がしかのブルースがいる。ブルースは、「引き返せ、溺れるな」というバンパーステッカーを付けたミニバンで、浸水した交差点へ突っ込むサッカーママである。煙感知器の電池を交換する手間を惜しんだウィリアムズバーグのヒップスターであり、ハリケーンが近づいているのにビーチフロントのコンドから避難しなかった南フロリダの高齢な市民である。ブルースの欠点について語ること、我々の中にもあるそれらを認識することが、終わることのない自己満足との闘いの第一歩である。次の重要なステップはそれらの偏見に立ち向かう心構えを持つことである。

例えば、災害専門家は込み入った議論が必須であると認識しなければならない。なぜならばブラックスワンは複雑な野獣だからである。アイデアなしでは問題解決は不可能であり、ブラックスワンが津波のようにもたらすさまざまな問題との対峙はアイデアなしでは望めないので、ストーリーだけではなくアイデアを持つ必要がある。見当違いの自信を「私は知らない」という態度に替えなければならない。我々が確実に知っているのは、ブラックスワンがいつ来るのか、そのインパクトはどのようなものかが分からないように、我々には分からないことがあまりに多いということだ。十分な準備というのはあり得ない、レジリエンスと能力を構築する努力をやめるわけにはいかないというのはそのためである。

予期しないことが起きても、そのたびに動転するのではなく、受け入れなければならない。今まで経験したことがないというのはブラックスワンのとっておきの手の内であり、我々はそれを歓迎しなければならない。確率について思案するのではなく、その結果に集中することができるように、我々の心のうちにある希望の煉瓦(れんが)壁を取り壊して、災害は来るということを認識する必要がある。

最後に、証拠がないからといって、ないことの証拠にはならない。船の監視台にいる見張り人が「鯨が潮を吹いているぞ!」と叫んでいないからといって、ブラックスワンが地平線上の我々の視界に入ってくることはないということではない。

(続く)

翻訳:杉野文俊
この連載について http://www.risktaisaku.com/articles/-/15300

© 株式会社新建新聞社