第6回:「創造的対応」が災害対応のカギを握る 一つとして同じ現場(状況)はない

今回事例には登場していませんが、南三陸町の本庁舎(写真左側)は津波で流されました。写真右側は骨組みが残った防災庁舎(2012年1月20日筆者撮影)

 

この連載は、「キャピタル×システム」という視点で災害を見ると、全体像が把握しやすくなり、災害の対応に過去の教訓が生かしやすくなる――というくだりから始まりました。
第1回はこちら→大規模災害対応のための「キャピタル概念」

その上で、全体像が把握しやすくなるとは一体どういうことなのかを具体的に示すために、東日本大震災で大きな被害を受けた3つの町の事例を紹介しました。それぞれの事例を、キャピタルとシステムの視点から分析してきました。事例紹介と分析が続きましたので、今回はまとめを振り返りながら、今後の対応に教訓を生かすためのヒントについて触れたいと思います。

各回で得られたまとめは次の通りです。

■第2回:経済資本と組織資本
モノ(経済資本)は代替可能なケースが多いが、データ(組織資本)は一度喪失すると復旧するのが困難となる

■第3回:人間資本とシンボル資本
公共部門における人間資本およびシンボル資本の喪失は、法的あるいは公的に決められた要件に沿った形でカバーする必要があるため、復旧プロセスに与える影響が大きい

■第4回:社会関係資本
社会関係資本は、他の資本が復旧するためのゲートウェイとしての役割を果たす。社会関係資本の働きによって、組織は不足の事態における適応能力を上げることができる

■第5回:ドメインナレッジ
日常業務で培われる知識やシステムへの「慣れ」(=ドメインナレッジ)が、災害対応に力を発揮する(システムへの適応)

キャピタルの種類と定義*

被害の程度や状況は多様

各事例を分析してみてまず分かることは、同じ地震や津波に見舞われたとしても、被害の程度や状況は多様である、ということです。3つの町の事例で、一つとして同じ状況はありませんでした。特に東日本大震災は事前に想定し得る被害規模をはるかに超えたものでしたので、災害対応に当たる現場で何が起こるのか、被害はどの程度なのか、事前に予測することは不可能でした。事例に登場した自治体の担当者たちは、個人的な経験に基づいて対応に当たったのです。どういうことかというと、いずれの地域でも、災害時の対応手順を具体的に定めた文書は存在せず、情報システムの復旧に関するノウハウも職員や管理業務を委託していたベンダーに分散していました。その場の状況を担当者個人の感覚や経験によって理解をし、その時に最善と思える対応(例えば、住民データをCSVに吐き出して避難するなど)を取っていたのです。このような対応を「創造的対応」と呼んでいます。

これからの災害対応を考えるに当たっては、現場での「創造的対応」をいかに誘発していくかが重要となります。なぜならば、今後起き得る災害について、仮に被害程度を予測できたとしても、実際にどのような環境下で災害対応業務に当たるのか、事前に見定めることは極めて難しいためです。

2011年3月11日、津波が襲来した直後の宮古市庁舎玄関ホールの様子(宮古市提供写真)

この「創造的対応」を可能にするための環境整備としてまず大切なのが、第5回で登場したドメインナレッジです。当該分野における知識、平たく言うと日常で培われる業務やシステムへの「慣れ」でした。災害対応をサポートする情報システムは、さまざま開発されています。このようなツールは、日頃使い慣れていなければいざというとき役に立たないというのは、前回申し上げた通りですし、一般的な同意が得られているように思います。事例の中で、双葉町と浪江町では、エクセルを使用して避難者のリストを作成していました。さまざまな事業者から提供されるツールの中でエクセルを選択したのは、実際にリスト作成に当たる職員が、日頃使い慣れているからでした。自治体の災害対応の事例においては、ドメインナレッジを有効に使えるような環境が重要となりました。

一方で、ドメインナレッジに沿ってツール(この事例においては避難者名簿)を作るだけでは、別々の場所(例えば異なる避難所)で作成されたツール間におけるデータの一貫性が問題となります。そこで、標準的なデータの取り扱いに関するルールがあれば、事後のデータ管理がスムーズにいくと考えられます。例えば前回、浪江町で避難者名簿を作成する際、住所氏名に加えて、氏名のよみがな(ひらがな)と生年月日のデータがあれば、のちのち住民基本台帳データとの突き合わせがしやすい、という担当者の振り返りをご紹介しました。このルールは、組織を超えた救援活動の際にも、組織間の情報交換をサポートします。
 

データの共通取り扱いルールを

避難者の確認といった業務は、企業での災害対応では実際には起こらない業務かもしれません。しかしながら、安否確認や、突発的な事象に関するレポートの作成の際に重要となるデータ(社員番号、事故の状況、事故のカテゴリー、場所、ビルの構造など)については、先に挙げた避難者名簿の事例と同じく、社内で共通の取り扱いルールを定める必要があると思います。また、有事の際の連絡手段や、災害時にのみ発生する業務を遂行するためのツールについても、日頃社員の方が使い慣れている方法(電話なのかスマホアプリなのか)を第一の手段として定めることで、現場におけるドメインナレッジの活用が進むことが想定されます。

ここまで来てお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、ドメインナレッジを発揮するためには経済資本、組織資本、人間資本、そして場合によっては社会関係資本と、さまざまなキャピタルが必要となります。キャピタルは一度失われると元の状態に戻ることは難しくなりますが、その中でも経済資本の代替は他のキャピタルの喪失に比べると容易に行われる特性がありました。しかしながら代替された経済資本を使って災害対応を行おうとすると、さまざまな調整が必要なことも分かりました。事例では、町からの移転を余儀なくされた自治体の仮庁舎が見つかったとしても、自治体の業務を行うために建てられた建物ではない場合、情報システムをゼロから立ち上げる必要がありました。
次回以降は、これまでの連載の中で見えてきた各キャピタルの特性を踏まえて、引き続き過去の教訓を今後の対応に生かしていくための方策について考えていきたいと思います。

  • A. Dean and M. Kretschmer, “Can Ideas be Capital? Factors of Production in the Postindustrial Economy: A Review and Critique,” Academy of Management Review, vol. 32, no. 2, 2007, pp. 573-594. および M. Mandviwalla and R. Watson, “Generating Capital from Social Media,” MIS Quarterly Executive, vol. 13, no. 2, 2014, pp.97-113. を改変。

(了)

 

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