【高校野球】「メンバー外」後に自己最速147キロ 大阪桐蔭“控え投手”の苦悩と希望

今夏、サイドで147キロをマークした大阪桐蔭・河野大地投手【写真:編集部】

大阪桐蔭で今夏引退した河野大地、一時は100キロを下回ることも…

 別人だった。ボールボーイとして目に焼き付いていた選手が、今ではNPBのスカウトが「4年後が楽しみ」と口を揃える注目投手へと成長していた。色白でほんのり頬が赤いスラっとした1年生が、高校生離れした体格、そして、目を見張るような投球ができるようになったのは大阪桐蔭でもがき苦しんだ2年半があったからだ。

 愛知県出身の河野大地投手は愛知西シニアから大阪桐蔭の門を叩いた。決してエリートではない。中学3年の春まではベンチを温め、もちろんエースナンバーもつけたことがなかった。背番号1を貰ったのは、最後の大会だけ。当時、既に181センチあった長身からサイドで投げ込む姿が目に留まり、全国トップレベルの同校への入学が決まった。「挑戦しようと思いました。自分は1番下だとずっと思っていたから、ダメもとでいい、思い切りやって来いって、親も言ってくれました」。15歳の時に心に決めた挑戦は3年間ぶれることはなかった。

 レベルの高さは想像以上だった。「1年生の時は1日1日がめっちゃ長くて、1日1日練習についていくのが大変でした」。私が2年前に初めて言葉を交わした時は181センチながら、体重は70キロ。どこか、か弱さも感じる“普通”の高校1年生だった。ただ、大阪桐蔭で勝負すると覚悟して入学してきた河野は、日を追うごとに「自分もチームの力になりたい」という気持ちが強くなっていった。

 大阪桐蔭では翌年のチームの中心になるであろう選手がボールボーイをすることが多いのだが、河野も1年春の近畿大会からそれを任された。西谷浩一監督の期待の高さもうかがえたが、そう簡単にはいかなかった。石田寿也コーチが「まじめで努力家、でも少し不器用」というように、責任感が強くなるにつれて「空回りした」という河野は自分の投球がわからなくなってしまったのだ。

「メンバーに入りたいという気持ちがあって、結果にこだわって小さくまとまっていたというか。本当に『何やってんやろう』みたいな。めちゃめちゃ苦しくて、自分の力が出せないというのがめちゃめちゃ、悔しくて、もがいていた時期でした」

苦しみから開放してくれた西谷監督の言葉「これ以上、下はないから。思いっきり」

 思い切り腕を振ることができず、一時は球速が100キロも出なかったという。昨秋は練習試合でチャンスをもらうも、投げ切れたのはわずか1イニング。メンバーに入ることもできなかった。選抜出場を逃した長い冬は、コーチらとフォームの追求に明け暮れた。そんな苦しむ河野を解放してくれたのは西谷監督の言葉だった。「これ以上、下はないから。頑張って思いっきり投げてみろ」。

 背負っていたものが軽くなった河野の投球はみるみるよくなっていった。「最後の夏は思い切って投げよう」。しかし、そこは競争の激しい大阪桐蔭。最後の大阪府大会もベンチ入りメンバーから外れた。同時にどこか自分自身の“リミッター”も外れた。7月中旬には、学校のブルペンで147キロを計測するまでになった。夏の甲子園出場が決まれば、逆転でベンチ入り――。そんな期待を周囲に抱かせるだけの成長があった。

 ただ、結局、憧れのTOINのユニホームに背番号をつけることはなかった。それでも河野は「後悔はない」と爽やかに3年間を振り返る。

「苦しい時期もあったんですけど、野球をやるうえですごくいい環境でできていて、今はめちゃくちゃ投げるのが楽しい。今、振り返ると楽しかったです」

 野球のことを考えるのも嫌になる時期もあったというが、トレーニングを欠かさなかったこともあり、今では184センチ、89キロ。黙々とグラウンドを走る姿に「あの子いいね」と、スカウトも唸るほど。球速アップやプロ顔負けの体格それら全ては河野の努力が作り上げたものだ。

 母からの手紙も公式戦のマウンドに上がることのなかった河野を支えてくれた。「自分が野球できるのはお母さんとかお父さんのおかげ。ここ(大阪桐蔭)に来られたのも自分の実力だけではないので。感謝じゃないですけど、諦めたら何も残らないし、最後にやりきる、ダメもとでも最後までやりきるという気持ちでやっていました」。両親への感謝を素直に伝えられるまっすぐさも河野がこれからさらに成長する可能性を感じさせる。

「苦しい時期があってそれより下はないと思うんで。これからは、思いっきりどんどん真っ直ぐをキャッチャーのミットを目がけてやっていくというのは自信を持って、言えます。最終目標は絶対にプロっていうのを掲げてやっていきます」

 高校で花は咲かなかったかもしれないが、つぼみはしっかりとできたはずだ。投げる楽しさを覚えた河野は4年後、きっと大輪の花を咲かせるだろう。(市川いずみ / Izumi Ichikawa)

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