「心だけ受理」BC埼玉武蔵選手会が申し出た報酬返納 球団社長が苦渋の決断

給料の一部返納を球団に申し出た埼玉武蔵ヒートベアーズ【写真提供:埼玉武蔵ヒートベアーズ】

「選手の生活を苦しめてはいけない」正式返答はまだ、Tシャツ受注製作で還元を

 ナインの思いはひとつにまとまっていた。ルートインBCリーグ・埼玉武蔵の選手会長、宮之原健(たける)外野手から角晃多監督に連絡が入った。「球団に何か協力ができないかと考えました」。選手全員合意のもと、開幕以降の報酬を一部、返納したいという申し出だった。

 今井英雄球団社長がその連絡と嘆願書を受けたのは4月10日頃。ルートインBCリーグも新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、リーグ戦の開幕は延期し、チーム活動も自粛している。2月から予定していたイベントも中止。開幕も想定していたため、球場の準備や備品も揃え、経費はかけていた。球団経営、財政はひっ迫しているわけではないが「苦労はしているというのが実情」と今井社長は話す。

 昨年のドラフト会議では埼玉西武から3位で松岡洸希投手、巨人から育成2位で加藤壮太外野手が指名された。元NPB選手や甲子園経験者など実力者がそろうチームで、地元のファンからの熱い応援も受ける。今年の開幕も関係者誰もが、楽しみにしていた。期待をしていた観客収入はなく、グッズの収益もインターネット販売のみ。開幕さえすれば、ファンクラブの会員増も見込めていた。どの球団にも共通の課題だが、独立リーグも経営面で厳しい現実に直面している。

 もちろん、球団側が選手からの申し出を受けるまで、経営や給料について、話をしたことはない。今井社長は選手会からの嘆願書を受け、「本当にありがたい思いです」と心の底から選手の気持ちに感謝した。

 本当に嬉しかった。でも……回答は保留した。

「ご存知の通り、BCリーグは、毎月払える報酬が低いですから、この申し出を安易に受けてしまい、選手の生活が成り立たないとなっては一番、困ります。なので、『心だけは受理』していると言う形をとりました」

給与の“返納”の代替案として行うことになったオリジナルTシャツの受注制作、販売

 球団にもよるだろうが、生活していくための“最低限”の給料で、独立リーガーは野球に打ち込んでいる選手が多い。この“一部返納”を受け入れることが果たして、球団、選手のためなのか――。角監督らと話し合いを持ち、返納の受託をこのタイミングではしないことを決めた。

 替わって提案したのは、球団公式ホームぺージから申し込むことができるオリジナルTシャツの受注制作、販売だった。

 埼玉武蔵が17日に発表した「#コロナに負けない『FIGHT ON!』Tシャツ」(2500円・税込・送料別)は、球場で会うことができない選手、ファン、応援企業などチームに関わる全員が心を一つにして、困難に立ち向かっていこうというメッセージが込められている。そして、無事に開幕した際にはこの青色Tシャツを着て、球場を一色に染めましょうと呼び掛けている。

「Tシャツの販売に踏み切らせていただきました。選手たちも、考えに賛同してくれる企業にこの情報を拡散し、購入を呼びかけてくれています。みんなでTシャツを買ってもらえるように、がんばってくれています」

 Tシャツのデザインを作成した「株式会社パイン企画」は昨年まで2年間、投手として埼玉武蔵に在籍していた安斎雅喜さんが入社した会社だった。力になりたいという思いは広がっている。

 ロッテでプレーした角監督からも「球団が一丸となって、この難局を乗り切りましょう」と今井社長は力強い言葉を受けたという。角監督が発信した個人ツイッターにも多くの声が届いた。応援する声も多い。報酬の一部返納を受け入れることよりも、自分たちでもっとできることがある――。フロントと選手がひとつになって、小さなプロジェクトは動き出している。受理するのは気持ちだけで、終わらせられるように。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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