外国人捕虜らの追悼碑 長崎原爆資料館前に建立へ 福岡俘虜収容所第14分所

長崎原爆資料館前に建立が計画されている追悼碑のイメージ図(松尾石塔店提供)

 戦時中、長崎市幸町にあった福岡俘虜(ふりょ)収容所第14分所で被爆し、命を落とすなどした外国人捕虜らの追悼碑を、オランダ人元捕虜の遺族や長崎の市民有志らが長崎原爆資料館(平野町)前の市有地に建立することが分かった。8月9日までに着工し、来年5月初めの完成を目指す。遺族は「建立は元捕虜らを記憶し続けることにつながる。若者たちへ平和、友情、自由というメッセージを伝えたい」と話す。
 同市によると、第14分所は1943年、爆心地から1.7キロの三菱重工業長崎造船所幸町工場内に置かれ、長崎原爆当時はオランダやイギリスなどの捕虜約200人が収容されていた。
 本県には福岡俘虜収容所の分所が計4カ所あった。このうち同市香焼町にあった第2分所跡地では2015年、市民有志が追悼碑を建立。第14分所のオランダ人元捕虜、エバーハード・スハウテンさん=12年死去=の息子、ロブ・スハウテンさん(61)が来日した際にそのことを知り、建立に関わった市民有志に第14分所の追悼碑実現へ協力を求めた。費用はロブさんらオランダの遺族が中心となって負担し、長崎の市民有志も支援する。市民有志は建立場所について市との調整、追悼碑のデザインなどでも協力してきた。
 計画では追悼碑は御影石製で、高さは約2メートル。デザインの一部に第14分所の屋根の形を取り入れ、折り鶴が空に羽ばたく様子を表現する。説明板のQRコードをスマートフォンなどで読み取ると、戦後帰国した人も含め、第14分所の元捕虜約500人の名前が一覧表示される。日本語と英語で「平和」「友情」「自由」という碑文を刻む。
 ロブさんは電話取材に「私の父をはじめ、多くの元捕虜らを記憶する素晴らしい取り組みだ。追悼碑はオランダと長崎の友好と、平和と自由の象徴であり、建立には深い意味がある」と語った。
 今後、市民有志は長崎で建立委員会を設立する方針。完成予定の来年5月初めにはロブさんらを招き、除幕式を開く予定という。

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