MLBでは減少一途も、NPBは50年前と変わらず…送りバントの歴史と達人

ソフトバンク・今宮健太【写真:藤浦一都】

日本では戦前からバントを活用した「つなぐ野球」が重要とされていた

犠打とは一般的には「送りバント」のことを指す。走者を次の塁に送るために、バントで球を転がし、自らは犠牲となってアウトになるプレーだ。犠打を決めた打者には打席はつくが、打数はつかず、犠打を記録した選手の打率は下がらない。

打者が併殺や次塁での封殺、タッチアウトを防いで、走者を進塁させるためにゴロなどを打つことがある。これを「進塁打」という。進塁打は成功すれば、犠牲バントと同じ結果になるが、犠打にはならない。犠打は公式記録員が「バントをした」と認定した場合のみにつく記録だ。

スクイズは、走者がいる状況で打者がバントを試み、アウトになる間に走者が本塁に帰ってくるプレーだ。スクイズをした打者には打点が付く。しかし、犠打が付くかどうかは状況によって異なる。一、三塁でスクイズをして三塁走者が得点しても、一塁走者が二塁で封殺された場合は、犠打が付かない。また一、三塁で、スクイズをしたが、三塁走者が自重して本塁に突入せず、一塁走者だけが二塁に進んだ場合は打者には打点はつかないが、犠打は記録される。

日本野球では「送りバント」は戦前から重要な戦術とされてきた。アメリカなどの選手に比べて体格やパワーで見劣りがする日本人には、出塁した走者を送りバントや進塁打で送り、得点に結びつける「繋ぐ野球」が重要だと考えられていた。そうして得た少ない点を投手と野手が守り抜くのが日本野球の原点だとされた。

MLBでは1試合あたり犠打は0.16個と激減している

そして、日本のプロ野球には戦前から「バントの名手」がいた。阪神の遊撃手だった皆川定男、捕手の田中義男、名古屋金鯱軍の遊撃手の農人渉などがその代表格だ。

戦後になっても「送りバント」は、多くのチームで多用された。1960年代に巨人は「ドジャースの戦法」を取り入れたが、これはヒットエンドランとともに、送りバントの重要性が強調されていた。それまでの巨人は「送りバント」をあまり使わないチームだったが、川上哲治監督以降、犠打が増加。2番にバントが得意な「つなぐ打者」を起用することも定着した。V9戦士の土井正三は5回もリーグ最多犠打を記録している。

一方で、西鉄、大洋などで采配を執った三原脩氏は、2番に強打者を置く「流線形打線」を考案。犠打数もそれほど多くなかった。こうした例で分かるように、犠打の記録は、個人の能力だけでなく、監督、指揮官の野球に対する考え方に左右される部分が大きいといえる。

年によっても総犠打数は変動するが、1970年はセ・パ両リーグ1560試合で989犠打。1試合当たり0.63個。2019年は1716試合で1119犠打、1試合当たり0.65個となっている。昔も今も3試合で2個程度の犠打が行われている。

MLBでは、犠打はもともと積極的に取り入れる指揮官はそれほど多くはなかったが、近年はさらに減少する傾向にある。1970年は3888試合で1630犠打、1試合当たり0.42個だったが、2019年には4856試合で776犠打、1試合当たり0.16個にまで減少している。

川相昌弘に次ぐスペシャリストの宮本慎也やソフトバンクの今宮健太

現在のMLBでは、日本のように犠打でつないで点を取ってそれを守る野球ではなく、初回から多くの点を取る考え方が中心になっている。そのため2番打者には、バントがうまいつなぐ打者ではなく、長打が期待できる強打者を起用するのが一般的になっている。現代のMLBで「送りバント」は終盤になって1点を争う状況などに限定的に使われる。NPBのように、早いイニングから「送りバント」をすることは、ほとんどない。

1982年に岡山南高からドラフト4位で巨人に入団した川相昌弘は、入団時は投手だったがプロ入り後に野手に転向。ユーティリティプレーヤーとして守備で貢献するとともに「送りバント」のスペシャリストとして台頭。1991年には当時のNPB記録となるシーズン66犠打を記録。この年も含めて7度のリーグ最多犠打をマークした。2003年8月には、MLB記録だったエディ・コリンズの512犠打を抜く通算513犠打をマークした。ただし、エディ・コリンズが活躍した1900~1920年代のMLBでは犠飛も犠打に含まれていた。コリンズの犠飛数は明らかではないが、川相は実際よりも早く世界一になっていたことになる。

近年のNPBでは、川相昌弘に次いで「バントのスペシャリスト」が登場するようになった。2001年に川相の66犠打を抜くシーズン67犠打をマークしたヤクルトの宮本慎也、2013、14年と62犠打を記録、29歳の今季で303犠打(7月20日現在)を記録しているソフトバンクの今宮健太、デビュー以来8年間で6回最多犠打を記録している広島の菊池涼介などがその代表格だ。

現代のプロ野球では、守備も高度に進化している。バントで打球を転がしても内野手はかなり高い確率で走者を封じ込めることができる。そんな中で、高い精度で「送りバント」を決めるスペシャリストたちは、プロ中のプロだといえるだろう。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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