【高校野球】8人兄弟の3男、卒業後は家業の農家に…21世紀枠で挑む、甲子園での“引退試合”

帯広農・水上流暢【写真:石川加奈子】

21世紀枠、帯広農の“二刀流”水上流暢に前を向かせた母の言葉

第102回全国高校野球選手権大会の中止が決まり、約1か月。代替大会、引退試合、上の舞台、将来の夢……。球児たちも気持ちを切り替え、新たな目標に向かってそれぞれのスタートを切っている。新型コロナウイルスは彼らから何を奪い、何を与えたのか。Full-Countでは連載企画「#このままじゃ終われない」で球児一人ひとりの今を伝えていく。

今春センバツに21世紀枠で選出された帯広農の水上流暢外野手兼投手(3年)が、来月の甲子園交流試合で憧れの聖地に乗り込む。8人兄弟の三男坊は、来春の卒業後に家業の農家を継ぐため、これが最後の公式戦。昨秋の全道大会でチームトップの打率.667、19打点を挙げた強打者が大暴れを誓う。

交流試合では8月16日の第2試合で健大高崎と対戦することが決まった。相手は昨秋の明治神宮大会準優勝校。「最初で最後の甲子園。緊張するかもしれないけれど、思い切ってプレーしたいと思います。帯農野球をしっかりやって、声を掛け合い、心を一つにして勝ちたいです」と水上は目を輝かせた。

心の準備はできている。「第1打席は初回からチャンスで回ってきて、思い切り振り抜く。打球は左中間を真っ二つに割って、ランナーを返す。ピッチャーとしては、落ち着いて構えたところに投げる」。1月24日にセンバツ出場が決まってから半年間、何度も繰り返してきたイメージトレーニングだ。

一度は心が折れかけた。センバツに続き、5月20日に夏の甲子園大会中止が決まると、3年生18人は引退を考えた。全員が高校で野球を辞める予定だけに、目標を失った衝撃は大きかった。ナインの心を動かしたのは、水上と梶祐輔(3年)だった。下宿での夕食中に「もっと野球がしたい」と仲間に本音を打ち明けた。

音更町で農家を営む両親の下、6男2女という大家族に育った水上は「母から『もう一度ユニホーム姿がみたい』と言われ、野球で今まで育ててもらった恩返しをしたいと思いました」と振り返る。センバツには家族全員が応援に来る予定だった。たとえ甲子園大会がなくなっても、家族に最後の勇姿を見せたい。そんな熱い思いに、チームメートも前を向き始めた。代替大会を信じて練習を再開すると、夏季北海道大会、そして甲子園交流試合の開催と吉報が舞い込んだ。

帯広農・水上流暢【写真:石川加奈子】

パワーの源となった農作業、18年夏準Vの金足農から教わった農業高校の誇り

昨秋は5番打者として7試合に出場し、打率.667、1本塁打、19打点と大暴れした。パワーの源は農作業。小麦やじゃがいもなどを栽培する50ヘクタールの広大な畑で、子供の頃から作業を手伝ってきた。特に手作業で行う除草は「下が柔らかいので力がいる」と格好のトレーニングに。高校の農業科学科では、1時間かけてピンセットを使って大豆を1粒ずつ選別する授業があり、自然と集中力が養われた。

農業高校の特徴を生かした体づくりも実った。校内で絞った牛乳と栽培した大豆をひいたきな粉を混ぜた“自家製プロテイン”を練習中に摂取すると同時に、校内で採れた野菜を使ったカレーライスなどの補食で増量。昨秋172センチで71キロだった体重は、80キロまで増えた。コロナ禍による休校期間中には、農作業用のビニールハウス内で兄弟にティーを上げてもらい、ひたすらバットを振り込んできた。

来春の卒業後は長兄と一緒に家業を継ぐ。「小さい頃から農業をやってみたいと思っていました。土や肥料を考え、状態が悪くなった時にはいろいろな判断をしながら、作物の成長を見ることは楽しい」と農業の魅了を語る。野球は高校までと決めており、甲子園交流試合は水上にとって引退試合に。「悔いなくやりたい」と力を込める。

昨年の夏休みに秋田遠征した際、18年夏の甲子園で準優勝した金足農と練習試合を行って刺激を受けた。「公立でも力強いスイングができるところ、私立に勝てるところを見せたい」と金農旋風に続くつもり。“帯農”の名前を甲子園ファンの脳裏に刻んでみせる。(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)

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